宮崎学である。
関西突破塾のレポートがひきつづききとるので紹介する。
写真がいっぱい届いたな。デザイナーのまるでんさんが撮影してくれた。
適当にのせておくように。わしより、高山登久太郎さんの姿をみたことない人おおいやろからな。

京都ホテルの会場。東京でいうたら帝国ホテルかホテルオークラ(^-^)。高山親分が「どうせやるんやったら場所、わしがとったる」(^^;)
こんばんは。渡り研究員@京都です。昨日は、第一回突破塾の総監督、お疲れ
さまでした。私も録音係をやっていて、ちゃんと録音できているかどうか不安で
したが、どうにかできたようです。ただ途中、2回やったメディアの入れ替えの
際に少々録音し損ねました。vol.2-3は問題ありませんでしたが、vol.1-2の入れ
替え時に、質問された方の最初の方がかけております。その大筋は、
「新潟県警が麻雀をやった際、図書券を賭けたと言うが、図書券ならばよいの
か・・・」
ということでした。
今度からは、補助として他の録音装置を持っていきます(って、既に次の突破塾
のスタッフになったつもり。宮崎さんの言っていたとおり、テキ屋として参加し
た方がおもしろいですね。でも、失敗したら指つめなあかんかなあやり直しきか
ないし・・・とセッションの間はいらん心配をしていました)。

司会の寅姐と浪花のトッパちゃん
では、セッションについてのレポートを書きます。
話を聞いている最中に、「実るほど、頭を垂れる稲穂かな」という言葉を思い
出しました。宮崎さんとの初対面の時も感じたことですが、客人(高山さんこそ
が客人のはずなのですが)に対する礼儀正しさというものがにじみでています。
また高山さんが言われていたことの中で、「やくざになろうとして来るやつはし
ょうもない連中ばっかりだ」というのがありましたが、そういう人たちの頂点に
立ち、教育し、束ねていくのは並大抵の器量ではできないし、またその間、命の
やりとりまでしているのですから度々宮崎さんが言うように「やくざはエリー
ト」というのは誇張でもユーモアでもない正味なことなのだと思いました(逆に
そういうところが権力側のカンにさわるのだとも思いますが)。
高山さんが、「警察の悪事を書いた本は100冊以上あるのに、国民はなぜそ
れに気づかないのか」とおっしゃっていましたが、私なりに考えるに。三つの理
由があるかと思います。一つは、何はともあれ以前の日本警察の検挙率が高かっ
た、つまり過去の遺産がまだ残っているということです。もう一つは、一般の人
が、警察とそれほど深いかかわりをもっていない、少なくとも逮捕されたり犯罪
の被害者になって警察の世話になったりしていない、ということだと思います。
逆に高山さんや宮崎さんは、警察や権力と対峙する機会が長年に渡ってあったし
これからもあるのでしょうから、警察の本質がよく見えているのではないでしょ
うか。私自身、免許を取って単車に乗るようになってから警察に対する見方がが
らっと変わりましたし、去年、単車を盗まれた(すぐに見つかりましたが)とき
の警察の対応を見て、完全に警察を信用しなくなりました。最後は、やはりテレ
ビをはじめとするマスメディアの影響でしょう。夜のコールデンタイムの「提
供・警察庁」特番のいかに多いことか。
最後に、第一回突破塾を終えて、私自身の中に残ったものを考えていますが、
言葉としてはほとんど残っていません。これは、宮崎さんの著書を読み終えたと
きも同じなのですが、残るのは’(生きていく上での)感覚’です。普段は意識
しないけど、セッショに立ったときに鮮やかに頭に浮かんでくる類のものです。
なにはともあれ、これほどの器量の侠の話を間近で見聞きすることができたこと
に感謝します。

「もう一度うまれたらまたヤクザやりますか?」「いや、こんなしんどいこと2度とようせん」と高山氏(右)
関西突破塾の第1回目に参加するという光栄に浴した野村です。関係者の方々のご尽
力のおかげで、今まで見たこともない非常に面白い会でした。次回も楽しみにしております。
以下、私のレポートを記します。率直に書きますので、ご無礼なところがあればお許しください。
昼頃、三条駅に着く。京都ホテルを確認してから、長浜ラーメンを食べに行く。途中、反共を叫ぶ街宣車の列や、キリストによる魂の救済を叫ぶワゴンやら、「完全無所属」を連呼しながらひょっこりひょうたん島のメロディを流して走る何かの選挙の候補者の車やら、知らない間に京都はホットな都市になっているのを知る。
ラーメンを食べた後、時間があるので本能寺へ。宝物館に入る。さして良い展示とは思わなかったが、1つ気づいたといえば、政変の起こる際には何らかの予兆があるということ。「碁を打っていたら異様な石の配置になり、怪しんで途中でやめてすぐ、本能寺の変が起こった」 「本能寺の変が起きると銅でつくった
カエルが泣き出した」など。大化の改新などの前にも奇怪な出来事が次々と起こったといわれます。今度の選挙の前にも何かそのような異変が起きるはずです。「深夜、国会前に狐火が見えた」とか「普段は上手に焼けるホットケーキが今日に限って黒コゲになったのは政変の予兆だ。」とかですね。
いい時間になったので京都ホテルに戻る。さすが一流ホテル、緊張する。3階に上ると、宝石の展示会場に並んで突破塾の会場があった。一方では上品で裕福そうなご婦人がた、もう一方ではヤクザ映画のことを話す方々。寒流と暖流は接しても決して混ざらんというのはああいう光景ですね。
受付に行くと、突破者太陽伝のチケットを薦められる。「何枚ですか?」と言われ
「1枚・・・。」と答える。すみません・・・。
しかし、周囲を見回し形容しがたい参加者の方々を見て、思わず受付の方に「突破党
の会合には初めて参加するのですが、どのような方々が来られているのですか?」と伺う。すると「学生の方や社会人の方などいろいろいらっしゃいます。」とおっしゃいました。「やはり、党員の方が多いのですか?」と続けて伺うと、「いえ、キツネ目組組員の方はいらっしゃいますが、突破党とキツネ目組は公明党と創価学会のように別組織ですよ。」と。うーむ、突破党とは無関係の突破塾だったか。いまだに混同しております。申し訳ございません。
また、ヒゲをはやした大柄の方がしきりと写真を撮っておられた。「さすがは戸田議
員。議員やのにカメラマンの役目をなさっている。さすがは市民派」と勝手に感銘を受け、「戸田議員ですか?」とおそるおそる伺うと、「よく言われるけど違うんですよ。」・・・。失礼しました。
会場に入り初めてトッパちゃんの本物をみる。とんがり眼だが不思議と愛嬌がある。
欲のなさそうな顔をして大儲けするたれぱんだよりずっと好感がもてる。
しばらくすると高山会長、宮崎先生が入場される。両氏ともに恰幅がよいが、写真で拝見するよりずっとかっこよく、失礼かもしれませんが愛嬌がある。
さすがに比類ない経験を重ねてこられただけあって、高山親分のおっしゃる一言一言
に説得力がある。そして、その主張は明快であり「真っ当」である。石井一昌さんの著作を拝読したときも感じたことですが、凄まじい経験をされて、一見怖そうな方々が「至極もっとも」な主張をされる。でも、テレビにでる普通の顔したコメンテーターやら有識者が逆に訳の分からぬことを言っている。今の世の中どうなっているのか。

印象に残った御言葉をいくつか記しますと、
*「韓国人としては選択肢がないので、とにかく衣食住のことを優先的に考える。生きるためにヤクザに入って初めて任侠という言葉を聞くがピンとこない。とにかく食うのが先決なわけです。食うためにバクチをする。」
*「任侠とは地域社会の世話人、面倒見る役。町内会長。」
*「自分がどう生きるかは自分が決めること。親方が決めることではない。」
*「警察は特殊法人とかつくって自分の仲間が楽に食えるようにしているが、ヤクザは誰が食わしてくれるんや。」
*「ヤクザの中でも差別はある。」
*「ケンカに韓国人の名前がよく出されるから多いように思えるけど、それほど多くなかったのでは。」
*「ワシらは韓国の歴史を知らんかった。日本で生活を営むから日本に役立つことを考えていた。」
*「日本伝統の任侠道を韓国人が侵すことしたらあかん。我々が日本の歴史を傷つけることをしたらあかん。」
*「バクチつぶしたのは汚点や。バクチほっといたらこんなに大きくならんかった。」
*「20人30人子分がついていくのが大きな親分やった。親分は質屋通いをよおやっとった。」
*「警察は自分らの襟を正さんと市民を締め付ける。警察が襟を正せばヤクザも襟を正す。」
*「観光都市京都でドンパチおこしたら世界に恥ずかしいと、昔のヤクザは互いに話ができていた。」
*「ワシが憎いならワシをほりこめ。ワシの家族まで巻き込むな。」
*「暴対法に関してワシが言ったことをマスコミは一行も書かん。」
*「親分ほど難しいもんはない。一番頂点に立つほど難しいことはない。NO・2におったらNO.1のために一生懸命やればいいだけやが。」
*「主治医から引退して体が良くなったと言われた。」
*「我々がカタギのために命はったら、みんな拍手喝さいするで。」
*「年寄りが堕落している。何でも恩恵乞うことばかり考えている。何のために年寄りが長生きせなあかんねん。」
「ワシ、自分がここまで生きれるとは思ってなかった。」
*「権力と戦っていた学会が何で与党になってるんや?信者は選挙の要員ちゃうで。」
*「今の警察は怪我をするのを嫌がる。パトカーから出てこおへん。」
*「ワシは国の法律にも憲法にも従う。でも今の法律は弱者だけに適用される。小渕には適用されない。」
*「テキヤほおりだしたら外国人マフィアが入ってきた。警察は外国人を取り締まらない。」
*「このホテルにも3人、警察がおる。」
*「ヤクザは金ないのに無理してベンツ乗ったり、無理して良い服着るから、警察にひがまれる。」
*「どんな良いことしてもヤクザと言われる。」
*「今のヤクザはニューサラリーマン、命かけんとブラブラして飯食っとる。昔は腕っ節がなかったら幹部になれない。今は金あったらなれる。」
*「貧乏人は金に負ける。」
*「会津小鉄の初代は幕末に伏見の戦いで死んだ賊軍兵士の死体を供養したので、官軍の大将から咎められたが、「死んでから官も賊もないんや。」と言い返した。その後、牢獄に入れられ、砒素を混入された。出獄して1ヶ月後死んだ。」
高山会長の御話を伺って思い出したのは私が現在ちょこちょこと布教につとめている福沢諭吉先生。諭吉先生は「百姓は米作るのが商売、商人は物を売り買いするのが商売。政府は法令を設けて悪人をおさえて善人を保護するのが商売。どっちも同じ商売をしてるのに何で政府はエラソウにするんや。」とおっしゃってます。ましてや、その仕事すらろくに果たさず、エラソウにしている現在の政府や警察はいったいどうなっているのか。
また、役人がその立場をかさにきて旅館でただ食いしたり、金をゆすったりすることも批判しておられる。日本は昔より良くなったと思い込んでいたら、全然進歩してないのではないか。身分差も明確になってきているし・・・。
また、任侠に関して私が思ったのは孫文のいう「王道」の政治。強い列強が力で他を支配する世ではなく「弱きを救い危うきをたすける」世界です。宮崎先生の「血族」にもその世界を感じました。話はズレますが、「血族」はとても良い。とくに森の妖精殺しの復讐をするところは読み返すほど凄まじい。あの文章は黙って目で追う文章ではありません。声に出して音読すべき文章です。民主主義的な良識をもった人物がぞろぞろでてきて、なんかしらんけど仲良くなって終わるような小説と読み方を一緒にしてはいけない。
宮崎先生は奇しくも同姓の侠客、孫文に協力した宮崎滔天と重ねてしまいます。 「ある人は人間たるものでっかい志を立てるべきやと言い、ある人は身の程を知らんと一生を誤るぞと言う。前者は人間を大きくするが、誤ると空に落ちて無為に終わる。後者は人間を小さくするが、誤ると萎縮してせっかくのチャンスを活かせない。私滔天は前者に誤るものか。」
いいかげんな訳ですが、私の好きな滔天の言葉です。またこうも言っております。
「理想は実行すべきものなり。実行すべからざるものは夢想なり。」
すいません。とらねー様、どうも整ったレポートとはいえませんがこれにてレポートに代えさせていただきます。まとまりの無い文章ですがどうも頭がくらくらしてきたのでこのまま送ります。 お手数ではございますが次回の開催に関しても宜しくおねがいします。
多くの参加者もよろこんでくjれたし、高山さんも真剣に自分の話をきいてくれる若い人たちと話せたことを喜んでくれた。
マスコミに1行もでない、しかし、世の中を真剣にいきとるホンモノの人間と会うことを目的とする「関西突破塾」は今後も、つづけていく。
そや、寅姐さんらがつくった、「参加証」みせたるわな。別に全部シールはっても、牛丼がタダになったり、とか特にええことはない。

ではまたな。
そや、昨日の朝日新聞と週刊朝日にボヤンの賞の話がでておったそうな。いま取り寄せとるんやけど、それもあとでのせておくようにいうとくし。
2000・5.30 宮崎 学
つぎの宮崎学のイベント

『ボヤン賞を祝うコンサート』(仮題)
JR王子駅 北口から左手に見える 北トピア
徒歩2分 つつじホールにて
6:30開場 7:00開演
会費5000円
先着200人に上のモンゴル語で「祈り」としるされたバッチ送呈します
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