ついに牙をむいた

「中坊公平型」ファシズム 2


安田弁護士逮捕事件についての緊急声明


12/09未明 宮崎学

  逮捕した安田弁護士を、麻原と同じ留置場の房に入れよったな警視庁

ここまでやるか、ちゅうゲスが、なんと麻原こと松本智津夫と同じ房に安田弁護士を入れて「接見禁止」にしておる。

これは警察官僚の卑しむべき性根と露骨ないやがらせとむきだしのマスコミ操作である。この事件とオウム裁判は「別のモノ」であって「関係づけてはならない」というのが一応常識なんだが、それをあえて、こうすることで「どや、みいみい」といわんばかりの、昔でいうたら、警察の前でわざと写真を新聞屋にとらせるようなコンジょやな。自分らはとられるのを病的にいやがるくせにな。


この警察路線にモロのりになった新聞論調が目立つ。


さて、今回の逮捕はこのような、うじゃじゃけた「世論」を利用しようという検察=警察一体のマスコミ操作なんや。

実は、警視庁捜査2課が、当初、追っていたのは別の弁護士であった。田中森一弁護士いうてな、九州の親和銀行の不正融資事件で、許永中の弁護人でもあった男で、これをパクりたかった。が、検事が調べにいったら「アホ、わしはこんなネタもっとるでえ」と、検察側の不祥事をほのめかされて、つぶされてしもた。つぶしたんは、東京地検の神垣刑事部長。で、この男は、田中森一弁護士の岡山大学の仲間や。ゆうとくけど
田中森一はヤメ検弁護士や。


で、検察は、警察をストップして事件をつぶした変わりに、安田弁護士の逮捕を認めた、というのが筋書きである。

警察側のメンツもたててやった、というわけやな。


これには実は、
わしもからんでいるという説もある。


というんは、警視庁捜査2課には児玉勉氏いうのがおって、これが約一月半前に過労死しておる。
、わしがこのホームページですっぱ抜いて、つぶれた警視総監は自分のことで必死で部下の過労なんかしらんかったわけや

その四九日に「弔い合戦」でなんとしても「安田逮捕」したかった、ちゅうんやけどなあ。うらむなら総監をうらみなさいね。


安田弁護士が恨まれるのはスジ違いやね。

あ、そうか。いうてなかったけど、まあ、
総監の日航天下りはなくなった。このホームページをみたマスコミから取材が殺到して、つぶれた(^_-) あのまま強行したら法務委員会でも質問がでそうになったそうな。あはは。

そのとばっちりがわしではなくて、安田弁護士にいった、ちゅうのはコジつけやとおもうけどな

もうひとつ、今回の事件が怖いのは、「自・自連合」と同様に、警察・検察とマスコミ、御用作家だけではなく、弁護士まで一体となった「多数派バンザイ」型の「安田いじめ」になっとるいうこと。

とりわけ、今回、中坊とくんで、安田弁護士を告発した
「k」という住管の副社長は、なんと東京第二弁護士会のボスで、誰も引き受けてのなかったオウム事件を、安田弁護士に、土下座して「引き受け手がなくて困ってる。わしを助けると思って頼まれてください」というたオトコなのである。土下座なんかするヤツを信用してはいけないのだよ。
ところが
安田弁護士いうのは、侠気のある人物だから「犯罪人の弁護をするのが弁護士の仕事です」いうて国選を引き受けた経緯がある。

そのような人物だから、「弁護なんかするフリだけして、はよころしてまえ」という西部劇リンチ指向のマスコミや「世間の期待」に反して「被告人の利益」のために本気で弁護活動をしているため、今度は逆に、弁護士仲間からも裏切られた、という構図。ふたつの別々の事件を無理矢理くっつけて、時の世の中の「気分」にもたれかかって事態を進めていこうというこれこそ警察・マスコミ・法曹界一体のファッショそのものやろな。


こないだほめといたサンケイはコラムかいとるアホが台無しにしておるな。

いや、わしがほめたんがわるかったかな、あはは。サンケイが警察に睨まれたら絵にならんか。その後なすり記事かいな。

このコラムもそやが、佐木隆三なる作家の尻馬にのった論調が目立つ。マスコミの「弁護なんかするフリだけして、はよころしてまえ」というホンネを隠して「いや、弁護士は引き延ばししとるから、悪い」という正当化の役目をはたしているのである。

わしは「オウム裁判に時間をかけて何が悪いんや?」と言いたい。

すなわち、麻原=松本智津夫の事件、ちゅうのは、身柄を逮捕、拘束しとる事件やないか。時間を掛けて審理するのが当然なのであって、「何が何でもはよ、麻原を死刑にせよ」というのは「世論」におもねる行為であって、法の職人たるプロの弁護士がとるべき姿勢ではない。
さっさと「麻原」を死刑にして、快哉を叫びたいのは、三浦事件、和歌山砒素事件
といっしょやね。わしは、この背景に、
「自分の気に入らないことに耐えられない今の日本人全体のひ弱な精神の構造」があるような気がしてならん。


 
わしかて、法廷とか検事とか警察からみたら、そら「憎たらしい」やろなあ。あはは。「権利は行使することによってまもられる」のであって「無法の前に法がまげられ、曲げる側が国家権力であったとき、それをファシズムという」のだ。

「麻原は法廷で憎たらしい」というようなレベルでしかモノを考えられないマスコミに阿る「作家」と、その見聞によりかかるマスコミというもたれ合いの構図のなかで、腐っていくのは諸君らのメシのタネの「民主主義」やないのか?あとで泣くでえ。似非民主主義の市民諸君。

まだまだこの事件は裏があるでえ。

    12月 9日   宮崎 学