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政治家には世の中を変えることができない

一昨日の「朝まで生テレビ」でわしは、この話をしよかとおもたんやけどな。中途半端におわってしもた。あれだけで「よういうてくれた」というようなメールをもらっってはもうしわけないので、ここで説明しておく。
政治家に今の世の中を変えられる、と、たとえば田原総一朗氏などはおもっているようだ。氏の言い方は政治家に厳しいようでも「政治家よ、しっかりしろ!」という激励がたぶんにふくまれていることは番組をみた人はわかるだろう。あの、司会は芸だ、とは思う。がその基本には「日本の政治は政治家がしっかりすればよくなる」という、あの世代の思いこみを感じる。これはたとえば、堺屋太一氏が「日本の官僚よ、しっかりしろ」というのとにておるな。このようなスタンスは結果として世の中をあざむくものである。わしが違うのはそこである。
わしは、「政治家に世の中を変える力はない」とおもとる。
理由は、日本の真の支配者、「エスタブリッシュメント」の中身を考えてみたらわかる。それは ロイヤルファミリー、官僚制度、財界、政治家、そしてマスコミである。これは目の見えるやつなら異論はないはずだ。これをよく「日本人論」なんかにすり替えるやつがおるからきいつけや。
で、こんな当たり前のことがなぜマスコミはいわないか。ひょーろんかはいわれへんか、というと一番目が邪魔をしている。「菊」の真の役割はそこにある。
事実、元気のよさそうなマスコミに、「だあれもいわれん、ちゅうんやったら、わしがいうたろか」というのだが、どんなエラソなこというマスコミも「それだけはいわんどいてください」とビビりよる。
右翼が怖いから?アホか。 どこにそんなこわいウヨクがおるねん?つれてこい、いうてもあかん。そおいう問題ではないらしい。これをいわれると、この真のエスタブリッシュメントを覆い隠しているベールそのものがはがれ落ちてしまうからやろ。
さて、政治家、というのはこの「真の支配層」の中での役割は「召使い」であり、茶坊主にすぎない。
実務という真の権力装置を操縦し支配しているのは官僚である。その見返りとして、彼らは「ただの人」から「殿上人」になることを許され、その報酬として「天下り」できるわけや。一代限り貴族、みたいなもんやね。いま批判されている警察や防衛庁れは、さらに下級クラスのだから「術」も未熟でばれてまいよった。他省の官僚はあれみて間違っても反省なんかしないで嗤っとる。
政治家というのは一見威張っているようだが、じつはこれら官僚組織のさらに下だ。官僚組織におねがいして、予算のおこぼれを地元に持ち帰って「票」というクーポン券に取り替えて、メシを喰うとる。「有力政治家」「大もの」といえども、そのオヤブンであるにすぎない。朝ナマ出演者の顔みて、あいつらがとくに衆にすぐれて立派な人物だ、などとはおもたやつは、日本広しといえども1人もおらんやろ?それでも「12年前よりマシだ」とかどっかのオッサンがほめとったやないか(^o^)その程度の人間たちなのだわ。だから、使い走りにやくにたつんや。
今回の「公的資金」投入を真に命じているのはいうまでもなく真のエスタブリッシュメント、すなわち財界・官僚であって、かれら政治家はその使い走りをやっとるだけの話や。彼らは安全なところにおって、「調整」をさせておる。もっとも、その子分どもがあまりにノロイからいらだってはいるようだが。結局は「国民」という名前の家畜集団をしぼりあげたらなんとかなる、という思てることは間違いない。(だから、メールをくれた読者のいうように、経済界が「謝罪」なんかするわけがない。真の支配者が家畜にあたまさげるか?さげたらかえって、キモチわるいで)
というわけで、政治家やマスコミというのは、このようなエスタブリッシュメントにシッポを振る習性が本性なんや。しやから、政治家が世の中をいいほうに変えてくれるのを期待するのは、犬がシッポを振るのではなくシッポが犬を振るのを期待するようなもんなんや。サカナは海を泳ぐことはできるが、海をかえることなんかできるわけがない。
今起きている問題は、それこそグローバルな、世界のエスタブリッシュメントと日本のエスタブリッシュメントの構造的な利害かんけいからみていかないと正体はつかめないのだ。が、日本においては前記の理由で、その論議が、もやもやの中にかすんでしまう。先日の「朝ナマ」のような、「局地戦」の攻防に矮小化されて、あたかも自民党と民主党の争いで、後者が勝てばなんかよくなる、というような幻想がマスコミによって拡大再生産されていく。同じ国民を絞るにしても、真っ暗な家畜小屋より、2燭光の電球でもつけて、よりわかりやすいやりかたで絞ろう、という方法の違いにすぎないのにや。
特に、アタマが悪いとはおもってないキミでも日々の新聞、テレビをいくらみても今、ほんまはなにが問題なのかわかるようでわからんやろ?そらそうや、あれは、碁盤の一角ではさみ将棋をやっとるようなもん。その一手一手を解説してもらってもますます真相から目をそらされてしまうんや。単純な真相がめえへんで、いっこうに「目からウロコ」がとれないのはそういうわけや。
だからウロコをとりたいひとは、わしの本をしっかりよみなさい。あはは。
9/27 宮崎 学
なお、直接話を聞きたいということであちこちの大学から話がきとる。三文にもならんのやけど、これはできるだけいってやろ、とおもてる。
えーと、京都精華大、京大、法政、都立大からきとるな。話がきまったらまたこのホームページで発表する。
なお、学生諸君にいうとくが、ガッコにきてほしい、というなら、最低わしの本は全部よんでくるように。どっかで紹介した、大マスコミの看板背負ったアホみたいにならんように。わしのためではなくキミらの為である。
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