タイ王国法曹界、報道マスコミ界、
人権問題に関する諸団体の皆様へ

拝啓
私は日本国籍を所有する田中義三というものです。私は1970年に「よど号」ハイジャック事件を起こしましたが、現在タイ国において受けている裁判はそれとは全く関係がありません。私はまったく身に覚えのないまま、アメリカ当局の不当な行為によって、今まで一度もきたことのないタイという国に強制連行され、「ニセドル事件」なる裁判を強要されています。この裁判については、近い将来、法廷において私の無罪無実が完璧に実証されると確信しています。
3月29日、チョンブリ刑務所から当地の地方裁判所に出廷し、私につけられている24時間の足の鉄鎖を外してもらうように訴えました。当日、この問題についてはタイ国の権威のある機関である「憲法裁判所」に判断を仰ぐという決定を受けました。この問題と関連し、是非皆様方にお訴えしたいことがあり、このメッセージを送る次第です。
3月29日、法廷の開廷直前私たち弁護側とチョンブリ刑務所長との話し合いがもたれました。極度の肉体的、精神的苦痛からの解放を望み、即時24時間の足鎖を外してもらいたいという私たちの訴えに対し、刑務所長から「その場合、場外にでることのできない24時間の独房生活にする」という回答がなされました、。本質上24時間の足鎖を24時間全身に鉄の鎖をつけるという話を聞くに及び、人の苦痛を思いやる人間性のかけらもない回答に、私はこあげる怒りを禁じえませんでした。正直言って3600名に至るチョンブリ刑務所の囚人を家畜として考えるなら、こうした非人間的な思想の持ち主が所長としての役割を果たすことができるでしょうが、すべての囚人が血も泪もある人間、父母があり妻子がある人間として考えるなら、このような所長の下で多くの囚人は人間に値する生活を送ることなど絶対にできないと確信しました。
事実この刑務所では国家から支給される食費や、刑務所内の建造物の新築や改築などの事業から、多額の費用が幹部職員によって横領されているという噂が流れるのも私は根拠がないこととはいえないように思うのです。
私たち囚人にとって、警務所員の人事に対し、口を挟むことはできませんが、所長が実際に存在してる以上、せめてこの刑務所から鉄の足鎖だけでもはずし、罪の容疑者にすぎない囚人が不当不法な精神的、肉体的苦痛から解放されねばならないことを改めて確信し、そのため私がなし得るあらゆる方法をこうじて闘っていく覚悟であります。
一般的には、殺人、凶悪犯、大量の薬物事件などの容疑者に裁判の判決が下りるまでこの鉄の足鎖がつけられています。現在400数十名前後かと思います。その主な理由の一つが、逃亡のおそれがあるということですが、たとえば裁判で30年以下の判決がおりた場合、それからはどうして逃亡のおそれがなくなるといえるのでしょうか。裁判の判決を機に、それ以前は逃亡の可能性があり、その後にはその可能性がなくなる理由は全く成立しないと思います。以下、私がこの足鎖が私を始めすべての囚人がはずされねばならないと思う理由について述べます。
第一に、私がこの足鎖をつけられねばならない具体的、法的根拠も正当な理由もなく、全く恣意的につけられたと言うことです。
私は1996年4月1日この刑務所に収容されました。そしてその年の12月中旬まで、すなわち8ヶ月あまりわたしは足鎖がつけられていませんでした。その期間、私は逃亡を企てたり、看守に反抗したり規律に違反したり、争いごとを起こしたりと言うことはいっさいありませんでした。実生活を通じ、私には足鎖が全く必要ないと言うことを証明したと考えます。従って当時、私がいた第1、第2セクションの看守責任者が私を呼びだし足鎖をつけたとき、何らかの法的根拠を説明し得なかったばかりでなく、「私は貴男が模範囚であるから、足鎖をつける必要は感じない。これは上部の指示だから、私はどうしようもない。」という説明しかできなかったのだと思います。そのようなことでも明らかなように、現実にはなんの法的説明が基準や原則も曖昧なまま、誰かが恣意的に行っているといえます。
第2に、この鉄の足鎖はタイ王国という国にあり方、国民性からしても決して存在してはならない制度だということです。
タイは、絶対多数が敬虔な仏教徒としてあり、同時に国民が心から敬愛する国王の高い権威と威信のもと、慈悲、慈愛、慈善が国民統合の共通する思想的よりどころとなっている国だと考えます。たとえほかのどのような国にこうした足鎖があったとしても、奴隷制度の遺物ともいえる24時間の鉄の足鎖は、このタイという国においてだけは絶対に存在してはならないと考えます。
第三に、この足鎖は事実上、公明正大、公正な裁判を妨げる大きな要因となっていると言うことです。
この24時間の鉄の足鎖は、罪の容疑者に堪大な精神的、肉体的苦痛を与えています。タイの現実においては、罪状を否認し、裁判で争う場合と、罪状を容認する場合とは裁判の長さには大変大きな開きがあります。裁判の判決がおりるや否やこの鉄の足鎖がはずされるという事実は、裁判において、検察側の主張を容認し、早急に裁判を終わらせつことを強要する手段ともなっているということです。
第四に、この鉄の足鎖は刑務所内の生活に様々な問題を生じさせる大きな要因となっています。
【1】一部看守の不正腐敗を生み出す温床となっています。
足鎖をつける法的、科学的根拠が明確でないことから、実際には、看守にいくら金を渡せば片方の鎖をはずすとか、いくら金を出せば両方ともはずされるかいう話が半ば公然たる秘密になっているのです。従って、刑務所内部で同じような罪の容疑でも、足鎖をつけている人もいればつけてない人もいるのが現実に起きているのです。
【2】この足鎖のために、負傷や化膿などの事態が生じています。
刑務所の医療施設といっても、まことに不十分なものでしかないのが現実です。体を洗うとき、当然足鎖も洗い磨かなければなりませんが、そのためには大量の水が必要とされるのに、たびたび水不足に見まわれ、満足に足鎖を する事もできない日が多いのです。磨くための道具(タワシのようなもの)を買うことさえできない囚人もおります。そしてそれは当然この足鎖から負傷や化膿をもたらすという事態を引き起こしています。
今私たちは新しい21世紀を目前にしています。あらゆる国においてこの20世紀を送るにあたり、様々な否定的問題を少しでも克服し、新しい21世紀を人類にとって、各国、各民族にとってより幸せで希望に満ちたものにするため、様々な努力がなされている中にあって、鉄の足鎖なる奴隷制度な名残ともいえるものが新しい世紀にまで残存し続けるなら、それは間違いなくタイ国における、人権無視の象徴として恥辱的な問題となることは疑う余地がありません。
それにしても不思議で理解し得ないことは、いかに刑務所の壁が厚く高いといえども、タイという国の中にこの刑務所が存在し、タイ国民が囚人となっているにもかかわらず国王陛下の国民にめぐらされている慈悲、慈愛、慈善の崇高な愛情が、この刑務所の中に全くといってよいほど届いていないという悲しくもつらい現実です。圧倒的多数の囚人が貧困と家庭崩壊といった層の人々によってしめられているが故に、私はさらにいっそう国王陛下の大きな愛と恵みが行き届かねばならないという主張です。
この足鎖の問題は基本的には、タイの国内問題です。外国人の私が提起するに至ったのはやむを得ない状況の下で行われたのであり、重要なことは、タイの国民が自身で決定し解決していくべき問題だと思います。
司法制度の民主的発展を基本指名とされる法曹界の人々が、また正義と真理に基づく報道のため献身する報道マスコミ界の人々が、このタイという国において、今日この裁判中の囚人に対する足鎖制度が作り出している様々な問題を直視し、それに関する様々な独自的、積極的調査と、研究を開始し、確固たる立場から広範な社会世論を喚起し、この非人間的、非人道的制度の一掃のため貢献されることを願ってやみません。
真心から敬意を表しながら
1999年 3月31日 田中義三
追加
4月8日現在、チョンブリ刑務所において新しい基準が作られた結果、約300人につき足鎖がはずされました。田中さん自身はまだはずされていません。「よくやってくれた」と田中さんは囚人たちから感謝されており、刑務所長などごく少数の幹部以外の看守も喜んでいるそうです。田中さん自身も、多くの人のためになることができたと大喜びしています。