ダービーはしっかりとった宮崎学である\(^o^)/。

 なに、しょせんん10万円の三点買いやからたいしたことはない。ないけど、バクチは銭の額ではないヨロコビがあるからバクチなんである。困ったもんやのう、あはは。うむ、銭にこまっとるやつは今日中に連絡しなさい、あすはもうない(^^)

 まあ、そらええとして、ひさしぶりやな。物書きを遊びでやっとったんが、だんだんいそがしなってきて無駄 口を叩いてる暇がのうなってきてもたがな。同時にユーメーになると、なんや「個別 相談」のややこしいのもいっぱいふえてわしゃ、弁護士ちゃうんやけど。ほんま「忙しい」というのは「りっしんべん」に「亡びる」と書くが、心が綻びてまうの。ま、7月ごろに本だそかゆうてるんやけど、暑いとき誰が読むかいとおもいながら締め切りにホロびておる。だーびーのほうが日本の命運より大事な気がするのお。

まええか。とりあえず、 まずええほんがでとるさかい紹介しておく。

ひとつは前に紹介した6000円もする大著「民主と愛国」の大熊英二氏が、上野陽子さんという大学院生の卒論を指導して書かせた共著「<癒しのナショナリズム>」ゆう本や。こらええ本や。「新しい教科書を作る会」の神奈川支部の実証研究なんやけど、べつに書いてる本人がサヨクとかそういう人でないだけに、冷静な分析で、わしも「なるほどなあ」とおもたわ。「民主と愛国」がぶあつすぎてようわからんやつでも、これはわかるやろ。なまじな評論よりよほど鋭く現在の日本の断面 をみせてくれとるよって組員はよめ。

 こういう若い人がでてくるのは喜ばしい気がする。ま、小熊氏の指導あってのことなんだろうが、各方面 でかすかながら20歳代に従来の思考にとらわれない人たちが育っているような漠然とした期待感がわしにはあるが、それを裏付けてくれるような本やった。

 もひとつは、けしからんことにインテリの美女にはわしよりもてるという友人、姜 尚中の「日朝関係の克服―なぜ国交正常化交渉が必要なのか」(集英社新書)である。

 北朝鮮にたいして韓国が「弱腰」で「勇気がない」などというこの国のマスコミへ報道への解毒剤やな。

 そもそも、朝鮮戦争でえらい目におうた国、自分の身内に必ず死んだやつがおるような国民の国が、そのどさくさに大儲けして繁栄のスタートにした日本人が「太陽政策」を批判する滑稽さがわかる。

 いまにも「北朝鮮をやってまえ!」みたいなイサマシイ「空気」が醸成されている。外務省の交渉派はまるで売国奴扱いの新聞や週刊誌もある。アホかいな。そないなことで片づくぐらいならそのそも国際大問題になんかならんがな。自分らのエクスタシーの解放と言論を味噌糞にしてええなら、赤軍派とたいしてかわらんがな。あの方向は気の毒だが完全な間違いだ。

 まえからわしは「拉致問題の解決は国交交渉がなかったらあかん」ゆうてきた。けど、事態は反対の方向に進んでいる。家族会が「拉致問題の解決なくして国交交渉は進まない」と強硬に主張するから、そっちにひっぱられていくばかりだ。気持ちは当然なんや。けど、あのチャンタ手でメンタンピンあがろとするような方向は無理が伴う。善意で麻雀は勝てんのや。

 いつかむごい真実に出会ったとき、逆流し、崩壊する危険をはらんでおるのだ。姜はさすがに頭ええし大学のセンセやから書き方うまい。「自虐史観」と「北朝鮮」という二つのキーワードにサヨク言論がたちすくんでおる現在、組員はようよんどきや。

 日本のマスコミといえばこのあいだ、日本の両巨大新聞系のメディアから原稿頼まれて、「ホンマにわしが書いてええんか?」ゆうたんや。そんで「ええです、お願いします」ゆうから書いたら、どっちも案の定ボツになて詫び状がきた。

  ひとつは、「民主主義の原価」で「著者からのメッセージ」ゆうんでやな、理由が「社長の悪口がかいてある」やった。そんなこと頼む前からわかってたことやろが、アホかいな。頼んできたやつなぐったろかおもたけど、アホらしいからやめといた。本当の理由は、わしが「阪神タイガースが巨人的存在を破壊する」ゆうたからちゃうかいな(^^)。ま、9回に11点とられて逆転負けするんやからしゃあないな。大目にみたる。

 もうひとつは、北朝鮮の住所で「現場の記者が相手の許可なしに取材したから悪い」とかいう奇怪な総括でおわびをだした新聞社。あら、ヤクザの鉄砲玉 の犯行を「勝手にやったのはイカンでした」と親分が頭下げたようなもんや。そのあげくが「今月給料を3割減らすから手打ちにして」やで。これでは、鉄砲玉は死んでも浮かばれない。 あこの記者は皆兵六玉になるでえ。しやし「家族会とその支援者の方向は、『廊下を走ったらいけません運動』みたいなもんや」てな事書いたらよう掲載せんやったのもとーぜんか。

 しかし、言論なんちゅうのは、「ほんまはちがうけどつごうがええから載せる」「ほんまはそうかもしれんけど自社に具合が悪いから載せない」でええんか? こらどっちも「営業的判断」「政治的判断」で「真実、少なくとも事実を伝える」とちゃうんちゃうか?ここで意地みせて男やろ?それでええんか?

 ええて。かまへん。わしが許す(^^)。

 世の中はそういうもんである。マスコミなんちゅうのはましてそや。あはは。

 そのかわり、それやったら、大所高所から偉そうなこと言うな、商売なんやから、「わしら商売です」ゆうてはっきり言え、ちゅうんや。それが商人としての良心やろ。昔の関西商人は「約違えば笑わるるとも苦しからず候」というのが証文やったんやでえ。お前ら「士農工商」の商人の意地すらあらへん。サラリーマンやったら 「ジャーナリズム」「ジャーナリスト」とかええかっこすな。おまえらも元はヤクザ稼業で「新聞ゴロ」言われとったんや。そのほうがわかりやすいだけ健全やんけ。初心わするべからず。いまのお前らはヤクザも恥ずかしいでえ。ほならまたな。

            (2003/6/1)

 

 

 

    

「酒鬼薔薇聖斗」をほっといたれや マスコミ諸君

 

(アサヒ芸能5/1 8日号)

キツネ目事件調書

 あの「酒鬼薔薇聖斗」が、一般社会に戻る。早ければ今秋にも、収容されている医療少年院から仮退院の予定だ。

これに対し世間は大騒ぎしておるようだが、ほっといてやれや、というのが俺の意見である。出ていいと言われたのなら、それでいいやろ。アサ芸でも前号にて「スーパー店員で社会復帰」という記事を掲載していたが、それが困るという輩はその店を利用しなけりやいいだけの話やで。

 ムショから出た人間がまじめに体を動かして働くということに、何の異議があろうか。俺の周りにも学生運動でパクられて長いことムショ暮らしをした者は多い。彼らが社会復帰のリハビリとして選んだのが、やはり肉体労働。中でも土木作業は人気だ。肉体を酷使し、汗まみれになって金を稼ぐ。人間にとって基本とも言える経済活動を、身をもって体験できるのはこれをおいてなし、と言っても過言やない。

 だからこそ、俺は「酒鬼薔薇」の労働者復帰をよしとする。だが、推奨するなら「飯場」や。

 体力があり、よく働く者ほど多く稼ぐことができる。そこには建て前の平等が入る余地などみじんもない。それこそが大切なのだ。しかも、飯場の夜は、往々にしてチンチロリンなどの賭け事が行われる。勝ちと負けという、いわば人生の機微をも体験できるのである。これぞリハビリではないか。

 問題視すべきは、ワイドショーに代表される報道のあり方や。彼の医療少年院での様子を事細かに報道することに躍起になっているのは周知のとおり。しかし、彼は「病気」であると判断されたうえで医療少年院に入った。とすれば、その病状や治療の様子を報道することは、紛れもなくプライバシーの侵害に当たる。 その大義名分として、メディアが用意したのは、被害者感情、情報公開などの実に耳触りのいい言葉だ。毎度ながら、よくもまあぬ けぬけと(笑)。すべては視聴率と売り上げの数字のためやろが。

 俺はこうしたメディアの体質を否定はしない。新聞などは元来、裁判制度が確立したためにやりにくくなった「リンチ」を代行するために誕生した。寄ってたかってつるし上げるという行為は、むしろ自然な姿とすら思っている。

 気に入らんのは、自分らがいかに高尚な仕事をしているかというそぶり。「これはすべて生業のためにやっとります」と、そろそろ堂々と言ってもいいのと違うか。これに近い話は成人犯罪者に対する報道にもある。

 一例をあげると「元ヤクザ」という表現。抜けようが死のうが、ヤクザという肩書は、メディアにとって一生ついて回るものらしい。実家がヤクザである俺など、生まれたときから準構成員である。まあ、連中からすれば立派な元ヤクザということやな。それを押し通 すというなら、いっそ、自分らも過去の出来事を冠にしたらどうだ。さしずめ朝×新聞なら「ヤラセの朝×」、NxKは「握造のN×K」か(笑)。

 「少年法」以前に 警察を改正しろ

 もう一つ。少年法を厳しくすべきだとの意見が出ているが、あほかい。

 厳罰化推進派の論拠は「少年犯罪が増えるのは少年法が軽すぎるから」ということらしいが、これは真理ではない。少年による凶悪事件は、近年まったく増えていないのだ。

 殺人に限定すれば、終戦直後の1950年代、校内暴力が社会問題化した80年代での急増を除き、年々少なくなっている。特に90年代以降は毎年2人前後。55年の23人という数字に比べれば10分の1である。

 数は減っても凶悪化している、との意見もあるが、これも数が少ないから目立つにすぎない。仮に「酒鬼薔薇」と同種の事件が55年に起きて いれば、世間はあれほど騒いだかどうかわからん。犯罪は社会を反映する。

 逆に、若者の犯罪が減っていることにこそ問題がある。

 犯罪を犯すにはエネルギーが必要だ。それも凶悪であればあるほど、大きなものがいる。若者とはエネルギーを持て余し、それをまき散らしてこそ健全な存在である。今の自分を取り巻く環境、社会への反発は、時として暴力、犯罪の形となって噴出してしかるべきなのだ。青春とは「無駄 なエネルギー」やでえ。

 戦後、彼らの社会には差別と貧困があった。また、80年代は急進する管理社会への反発が彼らを動かした。それが犯罪件数を引き上げる結果 となったのだ。しかし、管理社会は完全に日本を覆い、今日の低い凶悪犯罪数をもたらした。

 このことは、裏返せば、若者は未来をあきらめた、ということでもある。犯罪の激減の一方で、噴出させることができなくなったかわりに、引きこもりや不登校、はては「ネット自殺」がふえとるやんけ。「オヤジ狩り」さえ最近は下火だ。せいぜい年寄りのホ ームレスを袋叩きにする。情けない。 

 べつにわし、殺人事件の増加が望ましい、と言っているわけやない。社会に活力を取り戻すには、ガキにケンカくらいはさせたほうがええんじゃ。この若い世代の元気のなさやったら、むしろ少年法は今より甘くしてもいいくらいやないか?

 犯罪の残虐化を指摘する向きにしても、毎度俺が当欄で言っていることだが、何も少年に限ったことやない。一般 市民の犯罪がすぺからく残虐になっているのである。突出しすぎた少年犯罪のみを引きあいに少年法を改正すべしと上張するのは「便乗商法」、いや「便乗刑法」やな。

 結局のところ、すべては犯罪検挙率の低下にこそ問題は ある。

 今やわれらが警察の犯罪検挙率は20%を割った。東南アジア諸国にも比肩するレベルだ。要は警察のだらしなさ。抑止力が働かないからと言っていい。

 人間だれしも楽していい暮らしがしたいと考えている。 それを手っとり早く得るには法律を犯す必要がある。しかも捕まる可能性はきわめて低い、となれば、犯罪に走る者が増えるのは自然の道理や。

 いくら法律を改正し、処罰を厳しくしたとしても警察に捕捉能力がなければ、すべては絵にかいたモチ。警察の質の低下に歯止めをかけないかぎり、問題の解決などありえない。もっとも佐々淳行もおなじことゆうとるけど、あかんみたいやから、すでに警察の沈没はOBが不安をかんじる危機水域というべきだろう。国民はもっと不安を感じてもええはずやけど、こら全然気にしてないみたいやから、それをええことに増員だけの官僚組織焼け太りになってるのが現状だ。 そのあげく増えすぎた高級幹部の天下り先をヤクザのシノギを奪ってまで確保に走る という構造問題に目を向けず、「酒鬼薔薇聖斗」の就職先を心配?するようなマスコミというのはまさに本質的なモンダイからは一切目をそらせようとする低迷日本そのものやないのか?

 

 

「酒鬼薔薇聖斗」仮退院へ

 97年、神戸市須磨区で起きた連続児童殺傷事件の受刑者男性(20)  犯行当時は14歳=が関東医療少年院を年内にも仮退院する予定。入院期間は6年。更生への意識の変化が見られるとの担当医らの判断により、申請手続きが取られた。