(アサヒ芸能5/1 8日号)

キツネ目事件調書

あほらしい松波秘書級給与問題

あれはアホや。けどもっとアホなんは

それに対するマスコミの反応やで

 初めに断っておくが、俺は保守新党は政治勢力として虫酸が走るほど大嫌いだ。まして、松浪健四郎を擁護するつもりも断じてない。ただ、先日の彼の不祥事を巡る批判の論陣については解せぬ 部分も多く、言ってみれば目くそ鼻くそや。特にテレビのコメンテーターふぜいが生業として声高に追及する様は、お門違いもはなはだしい。そこで今回、俺としては批判に対する批判を展開する。

 事の発端は、彼が自身の秘書給与を元ヤクザが会長を務める大阪の建設会社に肩代わりさせていたというものだ。要は「ヤクザは反社会的組織だから、国会議員と関係を持つのはけしからん」との意見がもっぱらなのだが、そもそもここで言う「関係」って何や?

 また、その関係で松浪を追及する根拠とは、倫理観としてなのか、違法性についてなのか。 野党が提出した辞職勧告決議案の「理由」を見たところ、「関係」の意味するところはきわめてあいまいであった。そのくだりを引用する。

「政治家が反社会勢力である暴力団と関係するようなことは断じであってはならない」

  関係と一口に言っても、道で出会って挨拶する程度のものもある。極論すれば、それさえ認めない、とでも言っているかのようなものだ。仮にヤクザが真撃に政治的意見を持ち、それを議員に聞いてもらうために手紙もしくはメールを送ったとする。それに議員が答えた。政治に関心のあるー人の有権者としてみれば、積極的な姿勢として評価できよう。

 しかし、それがヤクザであったということだけで、こういったやり取りさえ「悪」ときめつける1そんな意味合いさえ感じずにはいられん。もっと言えば、選挙も「関係」の1つとなる。ヤクザも有権者であることに変わりはないから、当然、選挙に行くことはある。となれば、ヤクザが投票した議員が当選した場合、票を媒介にした関係あり、と問題視することもできてしまうのだ。

 事実、俺の知り合いにも、小泉に投票した横須賀在住のヤクザは大勢いる。もっとも小泉の場合、祖父は背中に彫り物を背負った立派な「関係者」という説もある。そうだとしたら、これほど密接な関係のある人間が総理人臣を務めているとは、いかがなものだろうか。それができないといなら、いっそヤクザの投票権は剥奪する、とでも発表すればよかろう。

 そもそも国会議員に倫理観を求めること自体、まったくもって意味のない話である。高い道義性や倫理観を持っている人間が、政治家になるはずがないやろ。元来、政治権力を握ろうとする行為そのものが、非道徳酌行為なのだ。よく考えてみろ。政治とは「支配する行為」 であり、政治家とは支配者である。それを目指しているような者が道徳的にすぐれた人間であるはずがないのだ。

  また、同じく決議案によれば、

〈議員松浪健四郎君は、建設会社の会長が暴力団組員とわかった後も秘書給与の肩代わりを受け続け(中略)談合事件で大阪府警から指名手配中だった当該会長に頼まれ、電話で捜査状況を照会一路一〉

と違法性を追及した部分もある、これにも異論ありや。秘書給与をたて替えてもらっていたことについては、松浪はのちに修正申告しているから、政治資金規正法に某づ く違法性はない。

 さらに捜査状況照会についても、犯人隠避につながるとか、逃亡を帯助したというわけではない。あくまでも現段階においては違法性の追及は不可能なのだ。

 数年前、俺は東大で講演をした。その際、官僚を経て将来的には政治家を目指している、という学生がこんな質問をしてきた。「政治家になるにはヤクザとつきあう必要があると思うのですが、どうすればつきあえますか?」そのとき俺は「政治家になったときにもう一度俺のところに来い。つないでやるから」と答えたが(笑)、まあ、学生の認識でさえ、これが現実なのだ。

 本質的な問題として、ヤクザと政治は非常に密接に結び付いている。故・竹下登の皇民党事件をはじめ、その典型例はいくらでもあげられる。

 俺のつかんだ情報では、自公連立誕生の背景にもヤクザが暗躍しているのだ(近日、某誌にて明らかにしよう)。それが日本の政治の歴史なのである。

 しかしまあ、松浪のその後の行動も何というものか。ちょんまげを切って生まれ変わるなど、まったくもって笑止である。日和見主義的で実に男らしくない。国会議員として政治活動をし、選挙を戦ううえではヤクザとの関係はできる。ただし、自分とヤクザの関係に違法行為はない。しかもヤクザとしてではなく、一般 国民の1人としてつきあっているだけだ。むしろ日本の政治家としては伝統的な様式。何が悪いのか ーーとでもこの際、言っとくべきやったな。ハナっから反省を語るくらいなら、辞めるべきだったのだ。

 根源的な問題として、今回の事件で考えるべきは、ヤクザ=反社会的=排除すべき、とする社会の空気だと俺は思う。ヤクザがいるから凶悪犯罪が起きるわけでもなければ、ヤクザがいるために警察の検挙率が低下しているわけでもない。凶悪犯罪という意味ではむしろヤクザより一般 市民の犯罪のほうがよほどむごい殺し方をする。

 ヤクザが通り魔犯罪をするか?朝起こしに来たオヤジを絞殺するか?それらを棚に上げて、すべてをヤクザの責任にし、排除しようとする発想そのものが危険極まりない。改善すべきはこの部分やないか。

 その中で唯一、評価すべき至言があった。福田官房長官「暴力団も有権者ですからね::」と語った福田官房長官である。失言として取り上げるメディアも多かったが、いやいや、これこそが正しい意見なのである。ヤクザもいる明るい社会-理想の民セ市義社会とは、そんな国やないか。ただ、福田の至言にもーつだけアラがあったな。それは松浪を批判しておった人権派や市民派を自称する各人にも共通 する部分。

「暴力団」という言葉はあくまでも差別用語。「ヤクザ」と正しく目にすべし。人権を諮るなら、そこまで配慮すべきである。お勧めの参考書?もちろん、アサ芸のわしのページや(笑)。

 

 

 

今週のテーマ

 

松浪議員に黒い関係保守新党の松浪健四郎衆院議員がヤクザ(当時)が実質経営する会社から私設秘書給の肩代わりを受けていたことが発覚。民主・自由・共産・社民の4党は合同で議員辞職勧告決議案を提出したが、衆院本会議での採決は見送られた。

 

 

 

 

 


 

 

 

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