
砂漠のキツネ目隊
バクダッド本格滞在
2月18日

hakuba no
Ouzisama
成田を出発してからの寝不足がまだ続き、疲労がさらにそれに 追い打ちをかけているのだろうが、流石に朝はまだ元気がある。
東京で聞いていた予定では今日明日と「フリータイム」のはずだったが、 どうもそうもいかないらしくこちらの受け入れ先がバスをチャーターし
我々を含む約100名の外人混成グループで、最初の目的地である バクダッド大学へ向かった。
到着するとすでに大勢の学生たち(理工系) がキャンパスに集まり、我々のそれぞれと個別に会話をするのだった。
この大学はその名に首都の名を戴くように、イラク最高学府らしく、 どの学生の顔もいたってまじめで、話をする我々もつい熱が入るのだった。
もっとも彼らの専攻の話などしたくてもこちらにその知識もなく、こちら
も興味を持てそうな一般的な話題、たとえば家族構成、旅などの質問などを してみた。
zyosigakusei kiteyokattaa
ベンチに座る二人の女学生にそんな話題を振ってみた。彼女たちは科学が
専攻で学士号を終え、現在は修士課程らしいが、ひとりは結婚しても子供は 二人、もう一方は5,6人は欲しいとのことだった。 ちなにみイラク学生たちの年代では兄弟、姉妹は5,6人は普通らしく、
将来の子供は二人で十分という考え方は、イラクにもある意味での進歩的な 考えが普及してきた現れかと思えた。これは先進国と途上国での家族構成を
比較してみれば理解できることと思う。
さて、現在のこの国の安全保障問題もやはり尋ねてみなくてはならない。
ふたりは女性のせいか「戦争にはならないでほしい」との意見だったが、 希望とは別にどう情勢を読んでいるのかと訊くと、米英軍の攻撃決定が がじりじりと後退しているせいか「大丈夫じゃないかしら」とやや笑顔を見せ
ながら答えるのだった。
イラク側スタッフが 「そろそろ時間です。みなさんバスに戻ってください」
といい、我々キツネ目隊だけでなく、他のメンバーも名残惜しそうにバスに 戻るのだが、バスの前でタバコを吸う、ロッカーのパンタさんと 「なんかみんな積極的だし、しっかりしてるよなあ」
と突破員2号ともども意見の一致を見ながら、数日前まで「イラク」という 国にそれほどの思い入れの持たなかった我々日本人グループの中に俄に
「イラクへの情」が湧いてくるのだった。
だが、せっかくのその情もまた別のシーンではひっくり返ることもある。
午前中の大学巡りを終え、一旦ランチを摂るためにホテルに帰り、突破員2号が 預けたルームキーをフロントで返してもらおうとすると、電話代を払ってから
改めて渡すと言うのだ。今朝、キツネ目本部他に国際電話をした精算のことなの はすぐに判った。
ところがホテル側の手違いで通じなかった一本もその請求額に入っていた為、
それを差し引くように交渉しても、 「一旦日本に接続されちゃったので、払わないと駄目です」 の一点張りなのだ。料金は高々$3である。しかし納得できないお金はびた一文
払う道理はないのだ。 だが、それではキーを渡さないぞ! と相手の顔には書いてある。
結局、渋々払うことにはしたのだが、突破員2号曰く 「ホントにお役所仕事だよなあ!!」
どんな国だろう、、感動を覚えさせる人々がいると同時に不快感を覚えされる 人々もいる。
戦争前夜のイラクでも同じなのだということを学んだと思えば、$3は
勉強代としては安いものだ。

hotel Internet Cafe
ところで食事は原則ホテルで摂ることになっているが、フセイン大統領の名で
こうして招待されているせいもあってか、食料事情の悪化を感じさせることは 一度もない。けっして「この国は豊かである」とは言わないが、別段不満を感じ
る こともない。
バスルームのお湯はいつでも出て、電気の停電もしない。むろんこれがイラク
の実体だとは言い切れないが、街行く車や人々を見ていると、マスコミがいうよ うな 市民生活の逼迫はそれほどでもないのではないかと思える。
アラブのランチは遅い時間が一般的らしく、我々がそのためにホテルに
戻ったのも2時で、4時に再びバスに乗り込み、我々が向かった先は 「イラク博物館」だった。イラクには「バビロン」という世界遺産の地があり、
チグリスゆー不らティ素文明発祥の地である。その手の興味のある人には 垂涎物のお宝がある博物館である。 ああ、疲れているのにこんなに長い文章になってしまった。先を急ごう。明日
もまた一日朝から夜遅くまでイラク側の用意したスケジュールが待っているのだ。
イラク博物館の後はフセイン美術館。これはもう「フセイン万歳!」のそれら
が多かったが、圧巻は馬に乗ったフセインの壁一面の絵。フセインが民衆を先導し、その民衆の持つ旗がすべてのアラブ諸国をイラク領土としているデザインを掲げている20畳ほどの絵だった。
フセイン、お前、やっぱりそうなのね!
Men in IraQ