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「突破特派員与謝弐庵のマレーシアレポート 刑務所探訪とマレーシア犯罪事情」
日本のみなさま、マレーシア突破員の与謝弐庵です。 日本では、不審船がああ だ、北朝鮮がこうだ、となんだか状況は緊迫しているようですが、いかがお過ごしで しょうか。インターネットのニュースを読むかぎり、ちょっと昔の冒険小説を彷佛と させる事件ですねえ。不謹慎かもしれませんが、マレーシアにいると、そんな風ぐら いにしか感じないのですよ、ほんと。 さて、ぼくは、そんな物騒な外国のことなんかそっちのけで、セランゴール州は某所 を拠点に、その日の気分で、クアラルンプールのチャイナタウンの裏道をうろついて 猫の写真を撮ったり、KTMという電車の一日乗車券(約150円)を買って朝から晩 までガタンゴトンと揺られてみたり、挙げ句の果てには、日系デパートの本屋さんで オヤブンの著作を立ち読みしてみたりと、突破員らしく充実した毎日を送っています。 いえ、決して、遊んでいるわけではありません。情報収集です、情報収集。いやあ、 実は、東海岸の方に取材に行く計画だったのですが、あちらの方は近年最悪の洪水に 見回れていて街は水没、それじゃあ南に行ってみるかと企んでいると、今度はジョホー ル州でも増水した河が氾濫して被害は甚大、とどうも身動きがとれないのです。 さあ、こういう時、突破特派員はどのように身を処すべきか。答えはひとつ。オヤブ ンの命令に従うのであります。うう。 というわけで、先日アップされていたオヤブンからのアドバイスに沿って、ぼくも、 ちょっと違った視点からマレーシア社会を眺めてみるために、最寄りの刑務所を訪れ てみることにしたのであります。その顛末やいかに、いかに・・・。 まず向かったのは、クアラルンプールの繁華街ブキッ・ビンタンの外れにある「プドゥ 刑務所」。なにを隠そう、ぼくは十年前に一度、ここに来たことがあるのです。受刑 者が塀の外側に描いたという色鮮やかな風景画が有名で、当時、ぼくが交換留学生と して通っていた地元の高校のクラスメートと一緒に、見学に訪れたのでした。その時 は、「刑務所」というあまり一般生活に馴染みのない建物が、ごく自然にクアラルン プールの街に溶け込んでいる光景に、とても不思議な印象を受けました。塀はたしか に高いのですが、緑を基調にした「壁画」は、熱帯特有の曇り空の下でやさしく映えて、周囲にまったく威圧感を与えないのです。「なんか、マレーシアらしくて、いい 刑務所だなあ」とぽつりと言うと、隣にいたクラスメートが、変な顔をしてぼくを見 ていたのを覚えています。 しかし、しかし、であります。十年ぶりに目の当たりにした「プドゥ刑務所」は、そ んなぼくの思い出を粉々に打ち砕くような、醜く老いさらばえた姿を、排気ガスでく すんだハン・トゥア通りの向こうに晒していたのです!おお、これは一体どうしたこ とだ!! 何のことはありません。「プドゥ刑務所」は1996年に閉鎖され、受刑者は全て、よそ の刑務所に移されていたのです。人が住まないと、建物というものはかくも簡単に朽 ち果ててしまうものなのですね。写真を見ていただければ分かると思いますが、現在 の「プドゥ刑務所」は周囲の景観に溶け込むどころか、色褪せた「壁画」が、その異 様な迫力で歩行者を圧倒し、まあ、それはそれで面白いのですが、やっぱり夜にはこ の辺りを一人では歩きたくないな、と思ってしまうような、荒んだ場所になってしまっ ていたのでした。
誰もいない空っぽの刑務所は、正直、不気味です。マレーシア政府 も、もうちょっとちゃんと手入れをして、入場料をとって、中を公開してくれればい いのに。 さてさて、それでは消えた受刑者のみなさんは、どちらに行かれたのでしょう。タイ ミングのいいことに目の前を警邏中のお巡りさんが通りかかったので呼び止めて聞い てみると、「大体、ここの人は『スンガイ・ブロー刑務所』と『カジャン刑務所』に 送られたらしいよ」と親切に教えてくれました。そこで、ついでにと、その刑務所へ の行き方も聞いてみたのですが、これがまずかった。「なんで、あんた、そんなこと 聞くんだ?パスポートを見せなさい」といきなり詰問口調で、お巡りさんが詰め寄っ てきたのです。人一倍へなちょこであることを自負するぼくは、「ひええ、ひええ、 何でもありませえん」と語尾を濁らせつつ一目散にバス停へと退散したのでありまし た。 バス停のベンチに腰掛けて、シロップのたっぷり入った豆乳を飲んで一息つき、膝の 上にクアラルンプールとセランゴール州の地図をひろげてみましたれば、以外とすん なり「スンガイ・ブロー」と「カジャン」の地名を見つけることが出来ました。 この うちのどちらを訪問するか、しばし逡巡したのですが、「カジャン」という街の名前 は以前に何度か耳にしており、親しみを持っていたので、あまり深く考えないで「カ ジャン刑務所」に向かうことに決めました。バスで、九月十一日以降すっかり観光客 の減ってしまったセントラルマーケット前まで戻り、近くのパサール・スニ駅から電 車を乗り継いで、カジャン駅到着は、雲間から鋭く陽光が照りつけける十二月二十六 日は午後三時過ぎのことでした。 カジャンの街の地理はまったく分からないので、ぼくはタクシーに乗り、「Penjara Kajang(カジャン刑務所)」と行き先を告げました。運転手さんは少し怪訝な表情を しながらも、ものすごい勢いで車をダッシュさせ、十分ほどで街を抜け、さらに五分 ほど田舎道を走り、高速道路の高架をくぐったどん詰まりでブレーキを踏みました。 「ここだけど、どうする?」聞かれて視線を上げてみれば、そこにはなにやらものも のしい雰囲気のゲートが。おまけに、その向こうの警備員詰め所からは、眼光鋭いふ たりの警官が、ぼくを、ギロギロと睨みつけているではありませんか。ビビりのぼく は、もうそれだけで帰りたくなってしまったのですが、何しろ今回は突破員としてマ レーシアに来ているのです、ここで引き下がるわけにはいきません。「このまま入っ てください」コンジョを出してそう告げると、運転手さんは、今度はゆっくりと車を スタートさせ、ゲートを通り、詰め所の横にタクシーをつけたのでした。 「何か用かね?」車を降りると、すぐさま警備担当の警官が駆け寄って来て、ぼくに 厳しい調子で尋ねてきました。 「いえ、あの、ちょっと中を見学させて、ほしいんですが。それで、出来れば、待ち 合い室でしばらく、その、あの・・・」 「ん、だれか受刑者に知り合いでもいるのかね?」 「いや、そういうわけではないんですが、その、まあ何と言うか興味がありまして・・ ・」 「刑務所に興味があるだって。何だ君は?ジャーナリストか?それとも人権団体か何 かから来たのか?」 「いやいや、決してそんなきちんとしたものではなくて、あの、ちょっと怖いボスの 命令でですね・・・」 「怪しいな。こっちへ来なさい」 あれよあれよという間に連れ込まれてしまった詰め所の中では、デスクの向こうに、 もうひとり強面の警官が待ち構えていて、その手には黒光りする拳銃が握られていま した。いえ、嘘ではありません。本当です。ただし、銃口はこちらを向いているわけ ではなく、彼は回転式弾倉に一発一発弾丸を込めているところだったのです。しかし、 そんなことをマレーシアの警官は日常的にするものなのでしょうか?それに彼のリボ ルバーは映画やテレビなどでは見たこともないような古っちいものだったのですが、 あれがマレーシアの警察の正式拳銃なのでしょうか?ううむ。 それはさておき、どれだけ熱心に自分が怪しい者ではないことを説明しても、彼らの 瞳に浮かぶ猜疑心は消えることがなく、十分だけでいいから待ち合い室にいさせてく ださい、と何度お願いしても、答えはいつも同じでした。 いわく「No no, CAN NOT LAH !」 三十分ほど詰め所内でがんばってみたのですが、結局、外に追い出され、その十分後 には「ゲートからも出なさい!写真も絶対ダメ!!」ときつく言われてしまいました。 一体、オヤブンはどういった手段を使って、某国の刑務所の待ち合い室なんかに入り 込んでいるのでしょう?やっぱりアレですか??それとも顔パス??? とにかく、マレーシア「カジャン刑務所」の管理及び警備体制は予想以上に厳しく、 待ち合い室はおろか、塀のそばにもたどり着くことは出来ませんでした。とほほ。 しかし、実は収穫もありました。
詰め所内で、色々と質問されている間に、正面の壁 に掛かっていた掲示板に表示されていた刑務所のデータをこっそりノートに書き写し てきたのです。まあ、掲示板に堂々と出しているような数字ですから極秘、というわ けではないのでしょうが、あんまり外に出るものでもないので、それなりに貴重な情 報なのではないでしょうか。以下にゾロメ独占公開であります。 「カジャン刑務所」の収容人数 PENJARA UTAMA(メイン棟)2939人 DADAH(麻薬常用者棟?)644人 BANDUAN MUDA(若年者棟)110人 WANITA(女子棟)845人 合計 4603人 *二つ目の「DADAH」というのはマレーシア語で「麻薬」の意味なのですが、これが 「麻薬常用者」を指すのか、「麻薬の売人」を指すのか、正確なところは分かりませ ん。それから「WANITA」の下にもまだいくつか項目があったのですが、「何を書いて いるんだ!」と叱られてしまい、書き写すことが出来ませんでした。 それにしても、総収容人数4603人とは!これは巨大な刑務所ではないですか!! しかも、このデータから、「カジャン刑務所」は、少年院や女子刑務所をも併設した 「総合刑務所」であることが分かります。このような形態の刑務所はちょっと珍しい のではないかと思うのですが、どうですか、オヤブン? 写真は、高速道路の高架によじ登って、やっと一枚まともなものを撮ることができま した。高みから眺めてみれば、なるほどこれは巨大かつ堅牢な施設。左の奥の方に、 高い高い塀(というより壁)が聳え立っているのが見えるでしょうか。あの向こうで は、どんな人たちが、どんな日常を送っているのでしょう。ちなみに、イスラム教徒 にはちゃんとお祈りの部屋が用意されているそうです。
クタクタになってアジトに帰りつき、マットレスの上に放り出してある昨日の新聞に 目をやった時、どうして今日出会った警官がみな、嫌に厳しかったのかが分かりまし た。その新聞には一面にでかでかと「マハティール首相暗殺計画発覚」とあったので す。ことの真相は闇の中ですが、一応、関係機関は警備を厳重にしていたのだと思い ます。新聞くらいちゃんと読んでおけばよかった。 さて、このままで終わってしまってはなんだか中途半端な感じがするので、ぼくは、 現代マレーシアの犯罪事情に迫るべく、独自のルートを使って(いえ、以前インタビ ューに答えていただいた支局長さんや、友人の華語(中国語)紙記者に助けてもらっ ただけなのですが)いくつかの興味深い情報を収集してきました。そこからは、マレー シア社会のちがった一面が垣間見えるような気がしますので、自分の体験も若干加えて、以下に報告します。 まず、今、マレーシアで一番深刻なのは、インドネシアからの不法入国者による犯罪 だということです。彼らは船でマレーシアにやってきて、主に建築現場や港湾で肉体 労働者として働くのですが、どうしても仕事にあぶれてしまう人もいるし、最初から あまり真面目に働くつもりのない人もあるようです。そういう人たちが、ひったくり や強盗といった犯罪に走ってしまうのは自然な感じがします。 が、やはり、少し怖く もあります。クアラルンプールを二、三時間もうろうろすれば、かなりの数のインド ネシアからの人々とすれちがいますが、ぼくが右手に持つデジタルカメラをじーっと 見つめる彼らの視線には、時折ひやひやさせられます。まあ、ぼくが彼らの立場でも きっと「金持ちのカメラなんかいてもうたれ」と思うでしょうし、本当にやられてし まったら、これは自分が悪いとあきらめるしかないなあ、と覚悟していますが。マレー シア政府は不法入国者、とくにインドネシアからの不法入国者には厳しく対処してお り、「パスポートなき来訪者には、たとえ、それが初めての不法入国であっても、鞭 打ちを課す」ことを先日、決定したところです。 しかし、インドネシアの人たちも負 けてはいませんで、マレーシア政府の扱いに不満を訴え、派手に暴動を起こしたりし ています。その反面、クアラルンプールなど大都市の建築現場では、彼らの労働力な くしては作業が立ち行かない、という現実も厳然としてあります。 インドネシアからは女性もたくさんやってきます。彼女たちは「比較的合法に」マレー シアに入ってきて、メイド派遣会社を介して依頼先の家庭に送り込まれ、住み込みの お手伝いさんとして働くのです。雇い主は基本的に中華系マレーシア人で、料金は月 350リンギット(約1万1千500円)前後。これは当地の感覚でも、「それほど 高くない」ということです。彼女たちは基本的に家事に従事しているので、犯罪には 縁遠いように思われますが、子守りを任されている赤ん坊にすっかり情がうつってし まい、ある日、忽然と赤ちゃんと一緒に姿を消してしまう、というような事件がしば しば起こっています。日本の幼児虐待とは正反対ですねえ。 もちろん、マレーシア国内にも犯罪の要因はあります。宅地開発のために、パーム椰 子の農園を出ることを余儀なくされたインド系マレーシア人労働者が、街で組織を形 作りギャング化するのだそうです。「実は、彼らがこの前、マレー系の住民を巻き込 んだ極めて危険な事件を起こしたんだけど、治安を維持するために、政府はこの件に 関する情報を全てシャットアウトしたんだ。もちろん私たちも政府に協力して、この 事件は報道しなかったよ。安全が第一だからね」と、友人である華語紙記者は教えて くれました。多民族国家の難しさがうかがえます。 「BE FOREWARNED DEATH FOR DRUG TRAFFICKERS UNDER MALAYSIAN LAW」と出入国カー ドに赤字でしっかりと記されているだけあって、マレーシアでは麻薬は厳しく取り締 まられています。が、いくところにいけば結構簡単に手に入ってしまうようで、今、 一部のマレー系の若者の間では「エクスタシー・ピル」というものが密かに流行って いるそうです。 ぼくは若く優秀、かつ真面目な突破員ですので、こういうものには近 付きませんが、なんだか魅力的なネーミングですねえ。マレー系である、ということ はイスラム教徒であるということも意味するのですが、彼らもこの名前に誘われて、 ついつい手を出してしまうのでしょうか。変なところでイスラム教徒に親近感を持っ てしまいました。この他に、ヘロインなども、もちろん(?)あるそうです。 最後に、中華系の人の犯罪についてですが、彼らは至極人間らしく、一発やってやろ うと企んで強盗を働いたり、カッとなって殺人を犯してしまうといったケースが多い ように思われます。組織犯罪については、あんまり詳しいことは分かりませんでした。 以上がマレーシアでの犯罪についてぼくが得た情報ですが、概して言えることは、そ れぞれの犯罪の背景には、インドネシアの政情不安やインド系住民の貧困といった問 題があり、それはそれで仕方がないよなあ、ということだと思います。マレーシアに は、オヤブンのよくおっしゃる「いい犯罪」と「わるい犯罪」はあっても、本当にわ けが分からない「ビョーキの犯罪」というのは、ほとんどないようです。 それにしても、新年早々の話題が「刑務所」と「犯罪」とは。ゾロメならではですね え。 それでは、みなさま、ごきげんよう。マレーシアの与謝弐庵でした。 |