似非政治家を廃業し、似非文化人に立ち戻った
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ダイエット効果を引き続き維持して絶好調、休養開け第一戦の宮崎学である。
失業、リストラ、株安、不況と長第二楽章の入り口にたどりついた。この国はどんどん迷走から破滅への道をたどっておるようだ。株はまだまだ下がる。まあ、実質は8000円台がええとこや。アジアの3流国家になったのにまだ気がつかないんやのう。経済とちごて人間が、や。 が、それも「国民の選択」やからしゃないな。小泉にまかせたがな。似非政治家は辞めたのでわしゃしらん。 さて、そのとたんに、注文が殺到して14冊も本を書く羽目になった。 全部マジメにこなすと来年いっぱいどころか再来年までかかる。「商売繁盛」という点ではありがたいこと、なんやろけど実状を聞いてみるとそうやないで。なんで注文が来るか、というと「宮崎さんならまだ1万部はいけるから」という動機不純なんや。 なぜ不純か?取材者が命がけで書くような本は売れないのだそうだ。どんなに中身がよくてもや。ところが、フィクションとか、しょもない有名人のええかげんな本なら売れる。だから「本が売れないから」「あんた書いてや」というのだ。だいたい知り合いの出版社がつぶれかけておるから書くちゅうんでは印税もあまりあてにならんがな。 いや、わしへの注文が不純なんはよろしい。こっちも印税目当ての不純な「似非作家」なのだから。しかし、まともなライターが正面から問題に取り組んだような本、たとえば魚住みたいな一流どころが書いた本でも「初版3000部初版で売れたらそれっきり」というのが当たり前ちゅうのはコワイもんがある。これでは硬派ジャーナリストちゅうのは、いまや吉野家でバイトしながらやっとつづけられる商売や。 その硬派ジャーナリスト撲滅を目指す 「個人情報保護法案」も9月になったらすぐ「おまかせした小泉さん」が通すようだ。えらいわかりやすい政治になってきたが、それに反対する以前に上質の読者の「池」そのものが干上がってきている。わざわざ弾圧などする必要あらへんがな。こらアラル海のチョウザメのようなもんでやがて日本における硬派ルポルタージュなんちゅうのはキャビアなみの貴重品になる。若い人々の素直さが本を殺す時代か。 こないだある知り合いで大学のセンセやってるやつが「4月の最初の講義でメーデーの話をしたら200人の受講生のうち150人がメーデーに来てしまった。最近の学生は教師に無批判なんではないか」というていた。ノーミソのブロイラー集団や。「弾圧」「住民運動」程度ならなら戦えるが地盤崩壊では地上げ屋でもどうもならんな。
まあ、買春判事とルイビトンのハンドバッグ買う女ちゅうのはどっちも同じメンタリティやけど、国民全体の知的水準がそのていどのものになっていくわけだ。 買春判事に対する判決文に、「判事だからことさら刑を重くするのはおかしい」みたいなことが書いてあったが、そらええけどヤクザには「ことさら刑を重く」してる現状で何をぬかすか、と言いたい。このように「自分に対する物差しと他者に対する物差し」が完全にダブるスタンダードになっておって誰もあやしまないとういう実状は「組織が内部に向かって存続しさえすれば、あとのことはどうでもよい」というこの国特有の組織病の進行が一段とはやくなったことを意味する。なにもあれでも「組織ぐるみ違反ではない」と強弁する参院選の郵政一家だけの話やあらへん。一国の文化の前提が崩壊してきてるやないか。すなわち知性と活字文化の敗北や。これから台風の季節「大樹」も倒れる。 しかし、似非政治家を辞めたわしは、もうこういうことを批判はしない。楽しむことにするよって9月10日にまず14冊の最初の本「海賊」ちゅうのが毎日新聞社から出る。6月にでるはずやったんで予告した「恋愛小説」ゆうのはこれなんやが選挙があったから、新聞社ビビってまいよったので秋になった。いや、考えてみたらあの猛暑の7月に誰も本など読まなかったろうから9月発売でよかったな。 これはアジアで気持ちよく生きている女の話である。実在の女性やし。これからこの国で生きていこうとするやつはアホをみるから、はよ逃げ出したほうがええわけやが、そのような意志と能力のある人には参考になるだろう。
さて、一ヶ月にわたる夏休みを終えて、1kgあたり100万円の「選挙ダイエット」の減量効果を引き続きリバウンドもなしに維持している。いや、正直、このWebサイト班も「全く更新しないで楽や」いうて喜んでおるし、わしも面倒のうてよかった。 今後はしばらく事件評論は「アサヒ芸能」に、もひとつは隔週刊のダ・カーポ誌にコラムを書くぐらいで、残る13冊の取材執筆にかかる。よって当Webサイトも月数回しか更新はしないことにする。 わしは文豪への道をめざす似非文化人に戻ったのである。 では、のんびりやろや。 2001年8月31日 宮崎 学
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