
千葉の選挙は無党派の堂本が勝った。
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宮崎学である。
千葉の知事選はわしと我が党や、田中康夫が応援した若井康彦が残念ながら負けて、無党派の堂本暁子が当選した。 また政党が負けた。その点で、わしはこの結果、これはこれでええとおもう。 理由は、結果として自民党を政冶勢力の全体のなかで首都圏とは言いながら、保守王国でもあった千葉県で2割に 追い込めたと言う事がなによりも重大であるとおもうからや。 この腐った政治状況を作った自民党に対する批判は,かえす刀で既成の政党にも向けられているのは当然である。今の野党、議員政党の共産党もや、全部の野党に期待感が集中しないと言う民衆の投票行動はまったく健全である。投票率が有権者の3分の1であったということ、政党などというものを信用しなかった民衆はタダシイ。 それなら、なんでわしは、堂本ではなく若井を応援したか。 若井君というのはわしと同年輩の、いわゆる団塊の世代、のちょっと上なんや。担いだのが、民主党であり、社民党で、あるいは連合であったとしても、人物として、政党の手垢はついていない、しごく有能で、まっとうな人物である。その点で、わしはこいつなら、自民党政治がやがて持ち出すポピユリズム、当然石原慎太郎を先頭にたててくるわけだが、そのような政治の流れに対抗できる男ではないか、とみたのだ。 田中康夫は対抗できる。川田悦子も対抗できる人物である。ふたりともそうゴロゴロそこいらにおる政治的人間とは違う。 しかし、堂本暁子は、これまで何をしてきたか、というとどうもよくわからない。 「自社さ」を支え、橋本政権を支え、野中広務とも仲良くやってきた女性だ。このような表づらはええけど、妥協型のおばちゃんでは、むしろ逆に思えこそすれそのようなポピュリズムの台頭に対抗できる人物とは思えなかった。 若井というのは、おそらく当選したら知事の責任を立派に背負えた男ではあった。本来はそういう人物を舞台に立てる「補助機関」でなければならないはずの「政党」のカンバンが結果としてかえって足ひっぱりよったけどな。 ワシは、わしと同世代の人間や、団塊の世代とやらに全然期待をもっていない。このような年になるまで、日本をこんなアホな国にしてしまったことに対して、たいして何の役にもたてなかったこのだらしのない世代として、わかいやつらには一種のおわび意識みたいなものがぬぐいされない。若井もそんなところがあった。だから、若井にしてもわしにしても、こんどの選挙で勝てなかった、ということ自体はショックはあらへんのや。
さて、問題はこれからである。 ふたつ注意すべきことがある。 ひとつは、政治技術的に、自,公、保側はは当然、「政党では勝てない」を計算にいれた戦術を今後とってくる、ということだ。民衆の批判を政冶技術 的にのりきる道を猛烈な勢いで模索するやろ。その結果ポピュリズムここそが 唯一の方法だという事になりそこに石原新党が出番をむかえる可能性があると見てる。いまから京都でも高校のラグビー部の人気監督にまで声かけとるがな。全国レベルでも扇千景とか、中坊公平とか大衆をだませる役者はおる。 それもマスコミ恫喝、操作、陰謀も含めてかなり高度なことをかんがえよるやろ。権力というのはそういうものだ。また権力というものはだいたい、何でもやろおもたらできる怖さがある。 従って、もうひとつは、無党派もまたそろそろ考えないと行けない事態を予測し、備えなければあかん、ちゅうことや これからマスコミは、田中康夫を持ち上げ、そして今、大マスコミがコロリと姿勢をかえてたたいているように、まず堂本をもちあげる。そして3ヶ月後が参院選やな。
むろん、今回の投票率が示すように、まだまだのびる力も秘めている。しかし、それを何よりもおそれる現在の、自、公、保側が、だまって退潮に任せる、とおもたら、それは甘い。 しやから、「無党派ブーム」などとよばれている今、これからは、堂本暁子を当選させた人々も含めて、「次は無党派へのリアクション」を考慮にいれとかなあかんで。「政党政治ダイエット」にタイするリバウンドとしての「無党派ばなれ」も考えに入れた闘いを視野にいれておくことだろう。 とりあえず、堂本暁子には、いますぐはどうでもええけど、中期的に注目しておいたほうがいい。田中康夫も、川田悦子も白いファッショ的な、政治ポピュリズムとの闘いをおそれない人物である、とわしはおもう。しかし、堂本暁子についてはわしはどうしても疑問が残るのや。そのような逆流のきっかけをつくらんとも限らんな、とみてる。 千葉で若井を応援した諸君も、闘いは別にこれで終わりではない。若井は彼の役割を果たそうとした。諸君ら一人一人の役割はまだまだつづくしな。 ちょうどこのあとにつづく、名古屋市長選の、わが方のウオッチャーのサケちゃんからのレポートがきとるな。紹介しとく。 名古屋のサケです。 千葉県知事も無所属の人が当選しましたね。 名古屋市長選について、 共産党が、梅村氏や、うの氏なら応援できて 牧野さんを応援できない理由が どうもわからなかったんですね。 でも、親分の見解を読んでよ〜くわかりました。 牧野さんだとヘゲモニーが握れないからなんですね。 あまりに不思議な理由だったので 私は思いつきませんでした。 地元の中日新聞に候補擁立のドタバタが詳しく記事になっていて、 そもそも共産党が梅村氏を担ぎ上げたことや、 梅村1本化へのつじつま合わせに変な予備選になったことなんかが書かれていました。 そのココロは、ヘゲモニー病だったんですね。 思えば、私のレポートは事情がよくわかってなかったみたいでした。 牧野さんは、うの氏と1本化にむけて話し合って 「うの氏には降りてほしい。イヤだけど、場合によっては自分が降りることもある」 とTVでいってましたがもはや、共産党を巻き込むという考えはやめた方がいいので は? それに降りる気がないんだったら、はっきり降りないっていった方がいいのでは? 牧野さんにはカッコよくやってほしいです。 でも重要政策の一つにに「自転車で地下鉄に乗り入れられるようにする」を また言ってたので、あ〜あと、思ったりするわけです。それで、若者をゲットできる ことは 100%ないといいたいです。 本当に、人間じゃなくて車中心の名古屋市で車とケンカするなら拍手ですが。 こんなことは、親分に訴えることではないですけども。 だんだん期待薄になってきましたが、 展開を見守ります。 さけ あそこでも、政党ヘゲモニー病がなおらんかぎり、千葉と一緒ちゅうかもっとわるいな、自民党がかってまいよるからな。わかってないのは、それが「一定の成果」などではなく、自分らの思想的敗北やゆうことやけど、まあわからんやろ。 2001年3月26日 午前0時半
宮崎 学 |