与謝2号のマレーシアリポート 1,2
ウエストバンク砂川奮戦中

|
檸檬屋が30周年を迎えたそうである 宮崎学である。 怪しげな決死隊をのせた船が、撃沈されたか自沈したかちゅうて騒いでおるな。マンハッタンカフェの万馬券とりに有馬記念見に来たともおもえんから、信用金庫のガサ入れの仕返しにミズムシ菌でも巻きにきたんかもしれんがのう。まあ、そういう連中がちゃんと近くにおる、ちゅうこっちゃねえ。ちょうどアジアが騒々しくなってきそうやから、与謝2号のマレーシアインタビューものせておこか。もう安全に脱出しておるだろうからな。
その前に、電脳突破党は解散したが、元突破党員の滋賀県の町議、砂川が町長おどしあげて活躍してるらしい。おもろいメールがきたから載せておこう。 ウエストバンク砂川です。 大規模産廃焼却場説明会、壇上で吉本新喜劇でした(*^。^*)/~~ 昨日22日土曜日午後町民ホールにて会が行われました、前宣伝が良かったのか、 気温3度の雨降りの中、キャパ500人の会場が一杯で、通路全て立ち見でぎゅうぎゅ う、 まだ入れずに帰った人たちが居るくらいでした。 反対の質問が相次ぎ熱気の中、司会の滋賀県廃棄物対策課課長が 時間をまだ残しながらお開きにしようとしたので、砂川壇上に駆け上がり抗議、 抗議している間に北村正二志賀町長退席しようとするので、 バスケットのディフェンスのように砂川手を広げ阻止、席につかせようとする。 北村町長砂川を突破しようとするがならず、向かって右手の舞台ソデ出口より、 会場横の通路に出ようとするが、女性に阻まれ女性ともみあい、 女性「きゃ〜〜、こっちからにげる〜〜」 砂川が近づくと、 北村町長は怒りか、恐怖からか顔が醜く崩れている、北村町長今度は舞台へ戻り、 今度は向かって右の舞台袖に逃げようとするが砂川の厚い胸に阻まれてならず、 (私の胸に飛び込んでくるのは女性だけにして欲しい(^-^; 舞台上に上がった他の住民たちによって、席に戻される。 砂川以外に相当数の住民が舞台に駆け上がったことになりました。 わたしゃ何も扇動してないのですがネ よっぽどみんな、秘密裏に産廃焼却場計画が進められていた事に怒っていたのでしょうネ 後から聞きましたが、会場に入りきれないホール両横通路に居た人たちが、 ソデの出入り口を外からも塞いでいたようです。(笑) ほんとに人望が無い孤立無援の北村町長ですね。 北村町長東京にプライデートナことで行かなければならないと、 理由にならない事を言うが、他の幹部が残ると言う事で退席を許す。 司会者がなぜか居ないので、砂川が代わりになり継続、しっかりした住民が多く、 説明会では建設の向けての手続きになるので、その様には理解しない、 次回の住民対話集会を、町と住民共催で1月中の日曜日にする。等決め了承さした。 重大な集会であるにもかかわらず、予定時間より早く切ろうとする県、 また私事を理由に時間前に引き上げようとし、舞台上で住民800人ほどの 前で大醜態をさらす北村町長。 悪天候を押してこられた方々には、高級スーツネクタイを身にまとい、 町長室や部課長の椅子にでんと座っている人間も一皮向けばこの程度の 小心者の小物であることをさらす、吉本新喜劇張りの舞台を楽しんでいただけたと思 います。 追伸: 今23日朝ですが電話が入ってきましたが、朝日、毎日、読売、京都、は滋賀県版で はあるが、 記事が掲載されているとのこと、毎日には新聞まで載っている (^o^)V (参加者は新聞発表で800人でした。町の人口2万2千人) ではでは これから新聞買いに行ってきます !(^o^)! 壇上でじゃれあっている写真が毎日新聞に大きく載っていました(笑) 170Kぐらいの大きさです。私は奥のほうで県の職員か、私服とじゃれています。 http://www.asahi-net.or.jp/~ph6j-sngw/Mainiti_2001_12_22_s.jpg
あは、おもろい写真やな。よろしよろし。 ところでわれらがお世話になっている檸檬屋は昨日、今日30周年記念式典を行っているそうだ。檸檬屋30周年は別にキツネ目組が活躍したわけではないし、活躍ちゅうより、どうも末期的には首吊りの足を引っ張っていた、という話もあるが、一応、めでたい。以後、組員およびわしの周辺は気ぃつけてゼニはらうように。 ほならまたな 12/23 |
|
宮崎学 様 無事、マレーシアに到着しました。 気温は三十度前後で快適です。 マレーシアではso-netの海外サービスの利用が可能ですので、 電子メールの送受信には何の問題もありません。 いきなりですが、マレーシアにはISAという治安維持法があり、 情報は厳しく規制されていて、(肯定的であれ否定的であれ)国教であるイスラムに 関するインタビューをすることはかなり難しい模様です。 イスラム絡みであるアメリカのテロやアフガン情勢についても同様です。 こちらについてさっそく、カンポン(村)の喫茶店で色々聞いてみようとしたのです が、「イスラム」や「タリバン」という言葉を口にするだけで、相手の表情が固く、 人によっては青くなってしまうのには驚きました。店にいたほかの人たちも、これら のことについてはほとんど話題にしていませんでした。 「旅行者があんまりそういうことを聞き回っていると通報されるよ」と忠告してくれ た人もありました。 日本にマレーシアやインドネシアなどの複合民族国家に暮らす人々の声が伝わってこ ないのには、こういう背景も大きく影響しているようです。 それに、マスメディアに対する人々の態度も日本とは根本的に違うように思われます が、この辺については、もう少し様子を見てみないと分かりません。 まだ二日目ですが、この国で人々の本音を聞き出すのには大変な時間と根気が必要に なる、ということだけははっきりしました。 帰りの航空券は12月2*日の設定ですとり急ぎご連絡まで。 与謝弐庵拝 突破特派員与謝弐庵のマレーシアレポート 第一回「とりあえず、新聞社支局長に聞いてみた」 日本のみなさま、初めまして。 宮崎オヤブンの密命を帯びて、現在、マレーシアのセランゴール州某所に潜伏中(笑) の与謝弐庵です。
オヤブンに「君、暇そうやからマレーシアに飛んで」というありが たいお言葉をいただき、先月末にこちらにやって来ました。 いやあ、こちらは厳しい冬を迎えたアフガニスタンとは違い、温かく、そして平和で す。夕暮れ時に、田舎道のバス停や木陰に座り込んで、近くのモスクから流れてくる コーランの朗誦に耳を傾けながら、そこらを元気に走り回っている子供たちをみてい ると、不思議な郷愁を覚えます。 しかし、いつまでもまったりとしていては突破特派員としての任務は果たせないので、 とりあえず、9月11日以降のこちらの様子を聞いてみようと、思い付くままに、ク ランという町にある有力マレー語紙(※1)のセランゴール支局を訪れてみました。 突然ぼくのようなわけの分からない者が闖入したにも関わらず、「そんなことならお やすい御用」と温和な感じのヒゲのおじさんが対応してくれて、緊張する間もなく、 奥の部屋に招き入れられ、丁重に、背もたれの壊れた椅子をすすめていただきました。 「今、私たちはプアサ(ラマダン=断食)中だから飲み物も出せなくて悪いねえ。は い、これネームカード」と人なつっこい笑みを浮かべる彼に手渡された名刺。そこに は「Bureau Chief Slangor」の文字が印刷されていたのです。おお、このマレーシア のヒゲおやじ、某有力紙のセランゴール支局長さんだったのか。あらら、いきなりこ んなえらいさんにインタビューしてもいいのかしら(全然えらいさんには見えないけ ど)。まあ、本人がいいというのだからいいのでしょう。ということで、以下のイン タビューはこの支局長氏の所属する新聞社名と氏の氏名、写真を公開しないことを条 件に(これには事情があるのですが、詳しいことはまたいずれ)、12月3日の午後、 約20分間に渡って行われました。 --------------------------------------- Q. 9月11日のアメリカでのテロ以降、イスラム国であるマレーシアに何か変化が ありましたか?政治的なことでも個人的に気付いたことでもかまいませんから、聞か せてください。 A. あのテロの根底には中東、とりわけイスラエルの問題があるのは日本人の君にも 分かるかい?アラブ諸国はずっとアメリカのイスラエルへの関わりかたに憤りを感じ てきたんだと思うよ。だからアラブのテロリストたちにとって、あのテロはある意味 では当然だったのかもしれない。もちろん、私はテロには絶対反対だし、マハティー ル首相、つまりマレーシアは国家としてテロに反対している。それと同時にアメリカ のアフガニスタン攻撃にも反対している。これは立派なことだと思うし、私の新聞の 読者の大半は彼を支持している。 9月11日以降のマレーシアでの変化?ほとんどな いよ(笑)。 アフガニスタン/パキスタンに医療団を派遣したくらいかな。この問題 で私達が先鋭化するなんてあり得ないさ。ただ態度として、テロにもアメリカにもノー 、ということだね。しかし、アメリカからは(マレー系)マレーシア人がイスラム教 徒だからという理由で嫌がらせを受けたという報告が入ってきている。 だから、あの 事件以降変わったのは、むしろアメリカやイギリスの方じゃないかな。ブッシュなん か見てると、イスラム原理主義者より過激だなあ、と思うけどね。少なくともマレー シアに観光に来るアメリカ人やヨーロッパ人が何かの被害に会ったり、嫌な思いをす るなんてことはないよ。 それと、これは特にアジアの仲間である日本人に知っておい てほしいことなんだけど、アラブ世界のイスラムと東南アジアのイスラムは大きく違 うということなんだ。東南アジアは複雑な過程を経て形成されてきた国々が集まった 地域だ。だから民族も宗教も多様だ。そういう環境の中で私たち(マレー系マレーシ ア人=イスラム教徒)が学んだのは、他の民族(種族)、宗教にも敬意を持って接す るということなんだ。多民族国家であるマレーシアもやっぱり難しい問題を抱えてい る。それでも何とか順調に成長してこれたのは、正にこのお互いに敬意を払うという 気持ちがあったからなんだ。私たちは中華系の人たちともインド系の人たちとも、上 手くやってきたからね。もちろん、無宗教の君にも敬意を払って接しているよ(笑)。 Q. PAS(※2)が党員のアフガニスタンへのジハード参加を認めた、ということを耳 にしましたが、マレーシアにも過激なイスラム原理主義者がいるのですか? A. それについては実はよく分からないんだよ。あれはアメリカのアフガン攻撃が始 まる前だったか、始まった直後だったか、マレー語(マレーシア語)の二大紙がそれ ぞれ,今回の一連の出来事の中で、PASのイスラム政党としての方針や目指すべきとこ ろを尋ねてみたことがあったんだ。一応の答えは得られたけれども、彼らが政党とし て何をどうしたいのかは不明な点が多い。だから、この件に関しては、PASの党員の 中には、ジハードに参加した人もいるかもしれないし、お金を送った人もいるかもしれない、くらいしか答えることができない。もし、そんなことをした人がいたとして も、それは極少数の極端な人たちの仕業で、大多数のマレーシアのムスリムはオサマ・ ビン・ラディンなど支持していないことを忘れないでほしいな。 Q. 日本の自衛艦がアメリカ軍を助けるべくマラッカ海峡を渡ってゆくことについて は、どう思われますか? A. うーん、個人的には日本はこの問題から距離を置くべきだと思うけどね。これが 思わぬ事態に発展しないという保証はないから。それに自衛隊を派遣するなら、やっ ぱり憲法の改正が先じゃないかな。マレーシアのメディア関係者で日本の憲法第九条 を知っている人は結構多いんだよ(笑)。 でも、これはあくまで君たちの問題さ。君 たち自身が決めることだ。この件に関して、マレーシアが日本にとやかく言う筋合い はないよ。それがマレーシアの外交姿勢でもあるしね。個人的には日本は憲法を守っ た方がいいと思うけれども(笑)。 Q. フィリピン南部ではアブサヤフやモロイスラム解放戦線の動きが激しくなってき ていますが(※3)、これはタリバンやアルカイーダに呼応したものなのでは? A. これに関してはフィリピンの歴史を勉強してから質問してほしいな。例えば、モ ロという言葉の由来を知っているかい? それを調べてみるだけでも、フィリピンや 東南アジアが歩んできた歴史に触れることになると思うよ。そこから先は君自身に考 えてもらいたい。モロイスラム解放戦線やアブサヤフがタリバンやアルカイーダとど ういう関係にあるのかって?これはさっきのPASに関する質問と同じで、なかなかク リアにならないところでね。何かつながりがあるかも知れないし、ないかもしれない、 としか答えようがないよ。 実は先日、私自身、取材で彼の地(フィリピン南部)へ行っ て、色々と見て来たんだよ。直接、彼ら(モロ)が置かれている現状を目の当たりに してきたんだ。それは過酷で、悲惨なものだった。だから、現在彼らが過激に、先鋭 化しているのは、まず根底に、長きに渡るフィリピン政府による苛烈な弾圧の歴史が あったということを知ってほしい。どうしようもない貧困があったということを知っ てほしい。私はもちろん爆弾テロや、民間人の人質をとってどこかに立て籠るといっ た彼らの凶行を支持はしない。けれど、どんな事件の背景にも歴史があるということ に思いが及ばないと、賢明な解決策は出てこないと思うよ。 Q. 彼らのリーダーのミスアリがマレーシアのサバ(※4)に逃げて来て、不法入国 でマレーシア当局に捕らえられたでしょう。もしかして、モロイスラム解放戦線やア ブサヤフ、アルカイーダにつながる組織がサバにはあるのではないですか? A. そんな組織がマレーシアにあったら、ミスアリが不法入国で簡単に捕まってしま うかなあ(笑)?彼らはもともと海洋民族で、マレーシアに逃げて来やすかったとい うことじゃない。サバとフィリピンはそれほど近いということさ。少し速いボートな ら数時間で着いてしまうからね。今度のことではフィリピンに迷惑をかけられっ放し だよ。マレーシアは一刻もはやくミスアリをマニラに送り返したいのに、アロヨさん はいつまでもきちんとした返事を渋っているんだから。まあ、この裏には政治的な駆 け引きがあるんだけどね。 Q. 最後にこのホームページを見ている日本人に何かメッセージを。 A. 9月11日以降、すっかりイメージが悪くなってしまったイスラムだけど、世界 の大多数のムスリム、とりわけマレーシアのムスリムはテロなんて支持しないし、他 の民族、宗教にも敬意を持って接しているということを知ってほしい。アメリカの 「アルカイーダにつながる危険なイスラム国」というリストに入ってはいるけど、マ レーシア国内は安全だよ(笑)。だから日本人にはもっとマレーシアに来てほしい。 イスラムの国だからという理由でマレーシアと日本の距離が遠くなってしまうのは、 悲しいことだよ。 ※1 複合民族国家であるマレーシアでは、民族(種族)ごとに購読される新聞も異 なる。具体的には、マレー系はマレー語紙、中華系は中国語紙、インド系はタミル語 紙というように。その他に英字紙も広く読まれている。 ※2 マレーシアイスラム党。マレー人によるイスラム教国家の建設を意図する政党。 ※3 日本ではほとんど報道されていないようですが、実はそうなのです。興味のあ る方は とりあえず、yahoo singaporeのニュースサイトなどを覗いてみてくだ さい。 ※4 サバ州、東マレーシア(ボルネオ島)に位置する
一日の断食が終わる時間を前にして込み合うマーケット -------------------------------------------------- 突破特派員予謝弐庵のマレーシアレポート 第二回「ちょっと右寄りな学生さんにも聞いてみた」
日本のみなさま、再びマレーシアの与謝弐庵です。 前回のレポート(インタビュー) では、ヒゲおやじ支局長に、何だかかるーくあしらわれてしまった感じですが、突破 特派員たるもの、これですごすごと引き下がってしまうわけにはいきません。でも、 やっぱりおやじムスリムは手強い、それに寡黙で、しかも怖い顔(ごめんなさい)を した人も多い。というわけで、今回は狙いを自分より年下の学生さんに定めて、バシ バシと鋭い質問(?)を浴びせてみることにしました。友人を介して生け贄に志願し てくれたのは某有名大学でビジネス/マネージネントコースを専攻するアミン・ビン・ ラザク(仮名)さん。 ヤマハの大型バイクで颯爽とインタビュー会場に現れた彼は、 部屋に入ってくるなり、いきなり大声で、「いやー、日本のプリンセスマサコに元気 なベイビーが生まれてよかったですね。おめでとうございます!」とこちらの意表を つく言葉を発し、ごっつい右手を差し出してきました。どっかとソファに腰掛けた後 も、「今度のことでは色々言いたいことがあります。でもとりあえず、プリンセスマ サコと日本のみなさんにお祝いが言いたかったのです!!」とさらに大きな声で続け る彼。ううむ、アミンさんはどちらかというと、イスラム原理主義寄りの思想の持ち 主だと聞いていたのだけどなあ。原理主義寄りの人が日本の「プリンセスマサコ」の 「ベイビー」の誕生を祝福するのかあ、ううむ。などと少し混乱しながらも、インタ ビューは始まったのでありました。 Q. 今はプアサ(ラマダン=断食中)ですが、身体はきつくないですか? A. 小さい時からのことですから、もうすっかり慣れてしまいました。それに授業の ない時間はほとんど寮の部屋で寝ていますし、教授もプアサのときはあんまり厳しく ないんですよ(笑)。断食に縁のない日本の方は誤解されているかもしれませんが、 期間中ずっと何も食べないわけでは、もちろんありません。基本的には、日の出から 日没まで、水と食べ物を口にしない、というだけです。 Q. いやあ、それだけでも大変じゃないですか。マレーシアは暑いですし、水が飲め ないというのは、やっぱり厳しいと思いますが。 A. それは、苦しい時もあります。でも、それでいいのです。プアサは飢える人々の 苦しみを知るために行うものでもあるのですから。それに、イスラム教徒でも誰もが 一律に断食しないといけない、というわけでもありません。例えば、病気の人、幼児 や老人は必要に応じて、水や食料を摂っています。 Q. これはちょっと観念的な質問ですが、アミンさんにとってイスラムとはどういう ものなのでしょう? A. そうですね。色々な表現ができると思うのですが、自分なりの言葉を使うと、 「喜び」ですね。イスラムの教えに帰依することによって、間違いを犯さず、正しく 生きてゆくことが出来る。これがムスリムであることの意味であり、「喜び」である のです。 Q. なるほど。話は件の9月11日のアメリカでの同時多発テロに移りますが、アミ ンさんはあの事件のことをどのように考えていますか? A. あの事件の表層を見るなら、それはおぞましく、痛ましい出来事であったと思い ます。被害にあわれた方々には心から哀悼の意を表したいと思います。しかし、事の 深層、あるいは背景に思いを馳せる時、また別の感慨が私の胸に湧いてくるのです。 誤解されては困りますが、私はテロを支持しているわけではありません。それにイス ラムでは自殺行為は禁じられています。しかし、にも関わらずテロリストたちはハイ ジャックを実行し、貿易センタービルとペンタゴンに突っ込んでいった。これは普通 のイスラム教徒、いえ、普通の人間に出来ることではありません。それでは、一体、 何が彼らをそこまでさせたのか。そのことをしっかり考えないと、また同様の事件が 起きるのではないですか。 Q. マハティール首相はテロにも、アメリカのアフガン空爆にもノーという姿勢を明 らかにしていますね。これについては? A. マハティール首相の態度には賛成ですが、充分ではないと思います。国内の政情 が安定しているマレーシアこそ、イスラム国としてもっとしっかりとアメリカに抗議 すべきです。しかし、マレーシアにおけるアメリカの経済力の大きさは計り知れませ ん。あなたも、KL(クアラルンプール)にあるマクドナルドやKFCで、トゥドン(マ レーシアのムスリムの女性が髪を隠すために用いる頭巾)をかぶった女の子がアルバ イトをしているのを見かけたことがあるでしょう?だからマハティール首相は、出来 るかぎりのことはしている、という言い方もできるのかも知れません。 Q. 日本の自衛隊がアメリカ軍を援助するためにマラッカ海峡を渡ってゆくことにつ いては、どう思いますか? A. これもマレーシアと同じで、アメリカの経済力、軍事力の前では仕方のないこと なのだと思います。しかし、私個人としては、日本が今度の決断を進んで下したとは 思いたくないですね。 Q. どうやらアフガニスタンはアメリカ軍に押さえ込まれてしまったようですが、ム スリムとしてはこのことをどのように感じていますか。
A. これで問題が解決するわけではない、ということだけは断言できます。見方を変 えるなら、これがあらゆることの始まりなのかもしれません。 Q. マレーシアのメディアは連日、フィリピン南部でのアブサヤフやモロイスラム解 放戦線の動きを伝えていますが、これも「あらゆること」の一部と考えられますか?
A. 違うと思います。モロは確かにイスラム教徒ですが、彼らの場合はイスラムのた めに戦っているというより、人間としての権利、人権のために戦っているのではない ですか。イスラムだという理由で、誰でも彼でも同一視してしまうのは、大きな間違 いですよ。比較するなら、IRAや南米各地のゲリラの方が適しているのではないかと 思いますが。 Q. これは偶然耳にした情報ですがXXXXの学生がインドネシアのデパート(アメリカ 資本?)で小規模ながら爆弾テロを起こしたそうですね。同じムスリムで学生でもあ るアミンさんはこのことをどう思いますか。 A. それに関しては、何も言うことはありません。 Q. 9月11日以降、すっかりイメージが悪くなってしまったイスラムですが、ムス リムとして何か日本人に伝えたいことはありますか? A. まず、西側諸国のアフガニスタン関係の報道はフェアではないということを言い たいです。日本のみなさんには極端に聞こえるかもしれませんが、あれらはすべてア メリカのプロパガンダです。 テレビに映るムスリムの兵士たちは確かに銃を構え、 「アメリカを倒せ、ブッシュを殺せ」と叫んでいますが、それでは、どうして彼らが 銃を持ち、反アメリカを叫ばなくてはならなくなったのか、そのことが全く語られて いません。タリバンの兵士たちも本来なら平和に暮らしたかったはずです。なのに彼 らは戦って、その多くが死んでゆかなければならなかった。それは一体なぜなのか。 日本のみなさんにもこのことはしっかりと考えてもらいたいと思います。それと、マ レーシアも確かにイスラム国ですが、中近東やアフガニスタンとは全く違う過程を経 て形成されてきた国だということを知ってほしいです。 アメリカが、国教がイスラム だというだけでマレーシアを「危険な国」にカウントしているのは明らかに間違いで す。まあ、アメリカはこれをきっかけに「きかん坊」のマレーシアに圧力をかけよう としているのかもしれませんが。日本のみなさんにはしっかりと歴史を振り返って、 アメリカという国が過去にどういうことをしてきたか、もう一度、見つめなおしてほ しいと思います。「広島」と「長崎」を忘れたわけではないでしょう? Q. アラブ世界のイスラムと東南アジアのイスラムは大きく違うということは、先日 お会いした新聞社の方もおっしゃってました。ところで、あなたは開口一番「プリン セスマサコ」のことを言っていましたね。ムスリムであるアミンさんにとって、日本 の皇室はどういう存在なのですか? A. マレーシアのスルタンと同じように考えています。尊いものだと思います。とく に「プリンセスマサコ」はエレガントで美しくて素晴らしい!
★ ううむ、話しを聞いてみると、アミンさんのムスリムとしてのアイデンティティとア メリカに対する姿勢はよく伝わってきたけれど、彼の歴史観の中で、日本の皇室や天 皇がどのようにとらえられているのかは、さっぱり分かりませんでした。時間切れで 聞けなかったけれど、例えば、彼は大戦中の日本のマレーシア侵略をどんな風に考え ているのだろう??? 別れの挨拶を交わし、ヤマハのバイクにまたがったアミンさんは「日本にはプリンセ スマサコみたいな女性がたくさんいるんでしょ!一度行ってみたいです!!」という 言葉を残し、来た時と同じように、颯爽と大学のキャンパスに帰っていったのであり ました。 与謝2号に励ましのおたよりとか、質問があったらこちらへ ↓コーラン学習ソフト あまり売れてないそうな(^^)
|