豚は太らして喰え
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宮崎学である。 アフガンはカブールが「陥落」したな。わしは、タリバンちゅうのはアメリカに比べたら軍事力としては赤ん坊みたいなもんや、とおもてたが、こうなるとちゃうなあ。 第一、賢いやんけ。圧倒的に制空権を握られている今、唯一の可能性ともいえる作戦はこれしかないやろな。 これからアメリカはものすごい勢いで、ブツと人間を送り込まないと、占領地の実効支配はできない。どうせできないけど、やらないとゼッタイにできない。したがってやるしかない。おまけに「占領回復した土地」の住民の面倒を見ないと、国際的にも「北部同盟」からも、タリバンにさえ非難されるのは目に見えてる。責任はみなアメリカに押しつけたわけや。もともと、税金もとれへん土地やし。アホやないで。 アメリカはといえば北部同盟に「カブール占領は不賛成」などというてたけれど、「はいはい」というてた北部同盟はせせら笑って、あっという間にカブールにはいってしもた。北部同盟は決して「アメリカの味方」ちゃう。「アメリカの物資の味方」や(^^)。ほなゼニの無いのが泣きどころのタリバンも同じことを考える。「ラマだんに続く冬の間にしっかり物資を補給しておいてくれ。春になったらもらいにいく」というわけだ。 「豚は太らして喰え」ちゅうやっちゃで。あ、ムスリムだから豚はくわんか?羊かいな(^^) そもそも正規軍より強力なゲリラ軍がいる国に「平和」などあり得ない。アメリカはカブール占領によっていよいよ泥沼....いや、「オマル」に足をどっぷりつけてしもた、というべきだろう。来年になって「クソっ!」と叫ぶ羽目になる。 いずれにせよ、タリバンだろうが北部同盟だろうが、「うまことやってアメリカを吸い取る」ことのできたほうが勝ちやちゅう戦争になってきた。ひょっとしたら両方で吸い取るかもしれんなあ。 まだいいたいことあるけど、ちょといそがしいよってまた。書評記事が道新にでたからかわりに紹介しておこう。他人事ではない、ちゅうこっちゃ。 2001/11/13 宮崎 学 |
「アジアの現実をみつめて」
北海道新聞 11月4日掲載の原稿
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初めて書いた小説の舞台に東南アジアを選んだのには理由がある。早大法学部に入学した六五年、米軍による北ベトナム爆撃が始まったのだ。 ぼくらの世代がアジアに{関心を持ったのはベトナム戦争がきっかけ。そこから政治に目覚め、反対連動に参加していった。だが一方で、その問題意識は薄っぺらいものだったのではないか、という問いが自分の中にあった。戦争を肯定するわけではないが、苦痛に満ちた現実の中でもたくましく生きている多くの民衆がいたはずだ。平和な日本で盛り上がっていたぽくたちは、東南アジアの現実を見ていなかったのではないかと思う。 「海賊」の登場入物は「血族」(九九年)で書いた人たちの一部をモデルにしている。彼らを含め、当時の東南・アジアの人にとって戦争は日 常だった。いくら日本の学生が「戦争反対」を叫んでも、戦争がなかったためしがない。だが、そうした極限状態の中でこそ、愛や友情が試され、濃密な人間関係が築かれる。反戦運動の反省も踏まえ、戦乱の時代を生きた人々の本当の息づかいを伝えたい、と思ってこの小説を書いた。 これまで数々の修羅場をくぐり抜けてきただけあって、世間の常識のうそくささには.敏感だ。体験に裏打ちされた言葉の矛先は、米軍のアフガニスタン攻撃や、日本人の旅行者にも向かっていく。 「自由主義社会を脅かすテロリストは悪」という単純な考え方は、理屈としては成立する。でも、それって本当?という思いがある。アメリカはタリバンより悪いことをしているんじゃないの、という反省がなぜないのか。ヘビー級のプロボクサーが幼稚園児を殴っているようなものじゃないか。自分たちの価値観が絶対に正しいという考えを持ったとき、人間はむごいことをしてしまうものだ。 アジアを族する日本人は、料理を食べたりブランド品を買ったりするだけではなく、現地の共同体で生きている人たちをちゃんと見てきてほしい。半日でいいから刑務所に行ってみるのもいい。面 会人の持合室に行げば、とらわれの人の家族や道人、ギンギラ、ギンのヤクザも来るだろう。泣いたりわめいたりするかもしれない。その人たちの表情をぼ一と見ているだけで、その国の実相が見えてくるはずだ。 在日韓国・朝鮮人ら日本に住むアジアの友人も多く、一年の三カ月はアジアで暮ら一す。閉そく感を打ち破って日本が進むべき道は、アジアとの連帯しかないと訴える。 やや雑な言い方になるが、世界は三つか四つぐらい、つまりアメリカ圏、ヨーロッパ圏、アジア蘭、アフリカ圏というように分かれた力が均衡がとれる。そう考えるのもアジアは近年、大きな間違いを犯したと思うからだ。その一つはカンボジア。国連軍が入り、強制的に新しい国を作ったが、それでカンボジア国民は幸せになったのだろうか?ドルが流通 したため屋台のラーメン屋でさえ、自国通貨を受け取らなくなった。ポルポトの支配地域だったタイ国境のジャングルには不夜城のように揮くカジノが十七軒もできた。ゲりラがルビーを掘っていたカがまだましだったのでは、と思うほど不自然な光景だ。結局、カンボジアという風土に西側の民主主義を接ぎ木して咲いたのは毒の花なのではないか、と思う。そんな過ちを再び犯さないためにも、共通 の感性を基盤とするアジアが何らかの結合を捜索する時期に来ている。日本もアメリカのアジア支配から離脱し、新たなアジアとの闘係を築いて行くしか道はない。 ↑クリック なぜか送料無料で買えます |