そして戦争がやってきた

 

    三上 治 2001年10月24日

 

1】戦争がやってきた

 とうとうというか、シナリオ通りというか、戦争がやってきた。9月11日の夜から、テレビで世界貿易センタービルの崩れ落ちる映像を何度となく見ていたが、今はアメリカによる空爆などの映像を毎夜見るはめになっている。だが、湾岸戦争のような緊迫感はあまり感じられない。湾岸戦争以来こうしたアメリカなどの空爆という光景を何度もみてきたためかもしれない。

 僕は9月11日の事件を「新しい戦争」と認識することにを表明しておいた。そういいたい気持ちは分からないでもなかったが、あの事件を戦争と解釈すれば、それに対抗する戦争を必然化すると思えたからである。そしてこの事件の本質的な解決は、戦争によってなされるとは思えなかったからだ。

 アメリカの対応は、このテロリズムに対して戦争でもって対応する道を取っている。予想通りというか、シナリオ通りに事態は展開している。アメリカの政治的、軍事的対処は成功裏に進んでいるように見えるが、そこにはいくつかの矛盾が内包されており、それは徐々に露呈してくると思える。戦争の進行とともに矛盾も深まり、思わぬ形でそれは露出するにちがいない。湾岸戦争時とも、またコソボ問題でのユーゴの空爆時とも違い、アメリカへの批判は本格化すると思える。

 アメリカはこのテロ事件をビンラディンや彼の率いるアルカイダー、それを擁護しているタリバンによって実行されたものとみなし、報復戦争を仕掛けている。これに対して、イスラム教徒の反アメリカ感情は高まっている。イスラム教徒といってもそれは多様であって、一括することはできないが、アメリカに対するイスラム諸国の民衆の憎悪の深まっている。そしてまた、政府首脳のアメリカの軍事行動支持とは別に民衆レベルでは、軍事行動の批判はイスラム圏以外でも浸透している。イギリス、ドイツ、フランスなどでもあまり報道はされていないが反戦意識は強くなっている。アメリカにおいてもそうである。

 

 9月11日の事件とそれへの報復であるアメリカの軍事行動への世界の反応は複雑である。世界的に出来上がりつつあるかのように見える国家間の反テロ同盟もそれぞれの国家ごとに政治的思惑を抱えている。それは、プラグマテックな政治工作の上に成立しており、明瞭な理念や見識に支えられたものではない。政治的思惑や利害の対立で解体する危うさを持っている。

 とりわけ、イスラム諸国は各国ごとに複雑な内部事情を抱えていて、それがどのように露出してくるかは誰も予測できない。パキスタンやサウジアラビアなど政府が力で民衆を抑え込んでいて、それへの反撃がどう出てくるかわからない状況である。 

  【2】テロも報復戦争も反対である

 アメリカのアフガン空爆や反タリバン攻撃という報復戦争にも、その原因となった9月11日の行為(テロ行為)にも反対である。それがさしあたり、僕の立場である。この立場はアメリカの「正義」につくのか、イスラム教徒の一部の言う「聖戦」につくのかいう立場をともに拒否することを意味する。報復戦争に反対することはテロ行為を擁護することであり、テロ行為に反対することは報復戦争を支持することだと考えを否定する。

 今、アメリカ人に向かって、戦争などやめろと言ったところで通用しない。彼らは聞く耳など持たず、邪魔だからどけと言われるのが関の山だ。少数のアメリカ人を別にすれば、そうである。アメリカを取るか、テロを取るかというブッシュ大統領に対して、アメリカ的正義もテロもともにNOだと言ってもアメリカ人は聞く耳を持たない、と思う。

 また、アメリカと戦争状態に入っているビンラディンやタリバンなどにテロの批判をしたところで今はそんなどころじゃないと言うと思う。アメリカの仕掛けてきた戦争にどう対処するかで精一杯で9月11日の事件などかまっていられないというにちがいない。

 9月11日の事件にビンラディンが関係していたと仮定してのことだが、それでも彼らはそういうだろう。

 僕はアメリカの軍事行動も支持しないし、9月11日のテロ行為も支持しない。この立場が非現実的、傍観者的と言われようと、僕はこうした立場にこだわる。そして、この立場に立つしかないことを思想として掘り下げていきたい思う。

 

 それならば、僕は世界の中で孤立しながら、広場に出ていく道を見いだせるのか。ここがロドス島なら、僕はここで跳しかない。アメリカ政府のアフガン攻撃も、アメリカへのテロも共に否定するという僕の考えは、世界の人々が共感する考えに高められるか。

 これは今は細い道である。だが、そこを通るしかない。その未来は五里霧中で迷いながら歩いているようなものだが、やがては視界は開けてくる。

 その中心にあるのは《国家》の現在と未来の問題であり、その構想やイメージを構築することである。アメリカは国家をどうしていこうとしているのか。あるいは国家としてどうあろうとしているのか。アメリカは軍事国家であることから脱却できるのか。イスラム諸国は国家をどうしようとしているのか。専制的国家から脱出できるのか。そして、また、今、日本は国家としてどうあろうとしているのか。テロリズムの発生の原因も、その解決も国家の在り方が中心となる。

 9月11日の事件もアメリカに対するテロリズムというより、アメリカの国家へのテロリズムであった。アメリカの国家としてのあり方に対するテロリズムである。だから、この事件への対応はアメリカの国家としてのあり方の問題をうちに含むしかない。報復戦争はアメリカ国家のあり方をよく現している。アメリカの報復戦争への批判はアメリカ国家のあり方への批判を内包している。

 

 報復戦争の問題もテロリズムの問題も収斂するところは国家である。社会が成熟した地域の国家も、近代社会の形成期にある地域も国家をどうするかという問題に遭遇している。アメリカの直面する国家問題とイスラム諸国の国家問題は同じではない。そこに差異はある。しかし、国家のあり方が問題だという共通性はある。もっと突き込んでいえば、「国家を開いていく」という課題がそこでの共通課題である。民族、宗教と国家の関係、権力形態の問題など、国家をどうしていくかという課題がある。

 僕の考えではテロリズムもアメリカの報復戦争も「国家を開いていく」という課題への反動として現象している。ナショナリズムのトランス化という課題に反作用として現れている。自衛隊の海外派遣もこうした問題と関係している。

 

3】9月11日の事件は誰が何の目的で行ったのか

 9月11日の事件が同時多発テロとしてあったことは共通の認識であるといってよい。誰が、どういう目的と理念で行った事件かは明らかではないとしてもだ。この事件の犯人が誰か、あるいはどういうグループあるかが明瞭でないのと同じである。実行犯と目された人たちの背後に何らかの政治的グループが存在すると推察できる。が、それは明瞭な形で特定されてはいない。同じようにこの行動も何らかの目的を持ち、ある種の理念に支えられてなされたと考えられるが、それも明らかにはなっていない。こんなに素早く報復戦争が行われているのに、それが少しも明瞭になっていないことは謎である。

 アメリカ政府はこの行為の首謀者としてビンラディンや彼の組織する軍事組織「アルカイダ」を特定し、彼らがアメリカに仕掛けた「戦争」であるとしている。そして、ビンラディンの擁護者とみなされているタリバン(アフガニスタンの実効的支配勢力)が今度の事件と深く関係しているしている。アメリカ政府はこの事件がアメリカに対する戦争であると語るが、どういう目的と理念に基づく戦争であるかは表明してはいない。

 アメリカの何に敵対し、何に対立しようしたのか分析し、その結果を公表してはいない。実行犯たちが背後のグループとどのような目的や理念でつながっているのかを公開してはいない。それをつかまえきれていないのか、隠しているのかわからないが。

 

 9月11日の事件がテロリズムとしてあるというが、どういう性格のテロリズムであるか少しも解明されてはいない。それぞれの立場から、それを勝手に解釈しているに過ぎない。

 僕がいささか、気になることはこの事件が誰によって、どういう理念に基づいてなされたのか、誰も本気で言及しようとしていないことである。勝手に想像し、解釈するしかないほどこの事件は謎につつまれている。が、その謎の解明に誰も挑もうとしているように思えないのだ。

 この事件の実行犯とみなされる人物をアメリカ政府は公表した。この情報がどこまで信じられるかはともかくとして、この情報を信ずれば実行犯の多くがアラブ系の人たちであることは確からしく思われる。その多くはサウジアラビアの出身者であり、ドイツのハンブルクなどの大学に留学していたことは知られている。彼らが自爆を覚悟してこの事件を引き起こしたと推定しておくしかない。その推定の上でのことだが、彼らの行為は、確信犯的行為であり、思想や理念に裏打ちされていたと思える。しかし、どういう目的と理念に基づいた行為かはっきりしない。

 実行犯とみなされるメンバーはこの行為についてのメッセージを発してはいない。この行動も目的や理念を明らかにしてはいない。これは驚くべきことである。彼らにとっては行動そのものがメッセージであり、言葉そのものだったのかもしれない。それにしても、実行犯らが何のメッセージも残さず自爆したことは異様なことである。自爆もさることながら、それについての目的も理念も語られないということは謎めいている。

 実行犯たちはその背後の組織への報復を恐れて手掛かりのようなものを残さないようにしたのかもしれない。それは十二分に考えられる。そうであるとしても、自らの死をかけて行う行為の目的や理念を語らないということは不思議である。僕は正直言ってうまく理解できない。

 死をかけた自己の行動の意味を他者へのメッセージとして伝達したいとい欲求は行動が共同の意志として考えらている限り当然のことである。意志は言葉としてあり、言葉として表現されるのが自然だからだ。自爆という恐怖に耐えたということ以上に、他者に自己の意志を言葉として伝えることを放棄するという形で、孤独に耐えたということは驚くべきことであるように思う。

 多くの大衆を巻き込み、犠牲を強いることがはっきりしていた以上、行動の目的や意味を誤解の余地なく伝えたいという欲求を持つのは当然のことと思える。行動を非合法的にすすめるほかなかったとしても、行動の意味や目的を何らかの形で公表する方法はあったはずだからである。政治的行動とは言葉なのだから、言葉としてメッセージを残したいという欲求はあったはずである。

 実行犯たちが行動についてメッセージを発することを意識的に否定していたのなら、それは大変興味深いことだ。ブッシュ大統領が政治家として何よりも実行犯の背後組織に興味を抱くのは当然である。だが、僕は一人の思想者として実行犯の謎に満ちたこの行動に興味を持つ。この事件をテロリズムとして否定するのなら、実行犯たちの行動を支えた目的や理念の析出は何よりも重要なこととなるからだ。実行犯たちがこの事件について考えていた目的や理念の把握なくして、長い射程をもっての対応策は出てこないはずだからだ。

  僕は9月11日の事件から、オウム真理教のサリン散布事件を想起する。この事件の類似性はいろいろ指摘できるが、あのオウム真理教のサリン散布事件との共通性がはっきりするのはその行為の意味が明瞭ではないということだ。オウム真理教のサリン散布事件はいまでもどういう目的で、どういう理念に基づいた行為なのかはっきりしてない。オウム真理教の行為であることは裁判を通して、いくらか明らかにはなっているが、それがどういう目的で、どういう理念に基づいて行われたかは少しも明瞭にはなってはいない。

 彼らの終末戦争論や宗教理念を検討してみてもサリン散布の動機は少しも明らかにはならない。そして、また、誰もあのサリンの散布がどういう目的と理念に基づいた行為であったのか言及しようとしてはいない。9月11日の事件の背後組織やグループが存在するとしたらこの行動を組織した目的や理念をどのように語るのだろうか。それが語られない以上、僕らは9月11日の事件の目的や意味について、想像力を駆使してあれこれ考えるしかない。

 アメリカ政府はそれをアメリカに仕掛けられた戦争であると解釈し、報復戦争を展開しているのであるが、実行犯や背後の組織の目的や理念について本格的に解明しようしているようには見えない。戦争の準備と同じようにこの解明の準備をしているとはとうてい思えない。この解明は本気でテロを防止したいのならまずやらねばならないことではないのか。

 

 【4】テロリズムにも系譜がある

 9月11日の事件がテロリズムとしてあったことは疑いない。歴史的にみればテロは専制的な抑圧体制のもとで、自己の政治的な意志、あるいは反権力的な意志が封じられているところから発生した。専制的権力の中枢にある部分への反撃として発生した。権力の内部や周辺では権力をめぐって、暗殺などがさまざまに行われてきた。これは歴史的事実である。権力とテロリズムは歴史的にみれば切っても切り離せない関係にあったのかも知れない。政治的策謀の中にそれらが組み込まれていたのは歴史的事実である。

 しかし、僕がここでとりあげているテロリズムは権力が、また政治組織が自己に敵対する者を圧殺してきた手法のことではない。専制的な権力と戦い、国家を変えようとした過程(近代の解放運動の過程)で発生したテロリズムのことである。ロシアのツアーの専制権力に挑んだナロードニキのテロリズム以降の問題である。ナロードニキに起源を持つところのテロリズムである。

 専制権力との戦いの中で、テロリズムは生まれた。専制権力から民衆を解放する過程から発生したテロリズムは、その運動の中で否定された。レーニンは解放運動の手段や戦術としてテロリズムを否定した。テロリズムが専制権力への闘争の意志表示であることを認めつつも、国民的な意志の結集を阻害するものとして否定したのだ。専制権力との闘争は大衆の意志結集なくしては不可能であるが、テロリズムはその結集の妨害物となるのだ。テロリズムは専制的権力から解放として有効に機能するより、専制的権力を強化するという循環を生み出していく。

 ナロードニキに起源を持つテロリズムは専制的権力への闘争の手段として生まれ、その闘争の中で克服されようとした闘争方法であった。テロリズムは専制的な権力との闘争の過程から生まれた病のようなものであった。これが否定されたのは結局のところ、テロリズムでは専制的な権力を変えられないということ、大衆的な孤立を招くということあった。

 テロリズムは権力との闘争が孤立した場面でしばしば生まれるものであり、それによって一層闘争は孤立していくという悪循環を生んで行く。スターリンニズムやファシズムのテロリズムは権力の病というべきものでそれは《権力》についての誤った思考から生まれたものである。権力の構造や性格を変革することではなく、誰(どの階級)が権力を握るかというところから生じたことである。

現在、僕はロシアのナロードニキに起源を持つ、解放闘争の手段としてのテロリズムに否定的である。その理由の一つは専制的な権力という問題である。現在の国家権力は専制的であるか、どうかという問題である。国家権力を変革するという闘争は、権力との暴力的な闘争を不可避とするか、どうかである。僕は資本主義の消費資本主義段階に達した地域において、国家権力の変革をめざす闘争や運動は、暴力的な形での権力の移行を必要としてはいない、と思う。そう考えている。暴力革命は必要としていないと認識している。革命と暴力を結びつける必要はないのだ。だから、テロリズムは必要でない。

 「国家を開いていく」闘争の中で、つまり国家の現在の在り方に対する不断の異議申し立ての中で闘争が暴力的な性格を帯びることはある。自衛的な、抵抗の形として暴力的な現象は現れる。しかし、それは国家権力の暴力的奪取(暴力的移行)のためにあるのではない。それは異議申し立ての中での問題であり、直接民主主義の実現の過程の問題である。国家権力の構成と性格の変革という問題は暴力的な行動を必要不可欠なものとはしてはいない。

もう一つは、テロリズムは国家の変革をめざす運動の中から生まれる。国家の変革の主体としてあるべき大衆的な支持を得られないだけでなく、大衆的な孤立を結果する。そして、国家を閉じられたものにしていく契機を作る。テロリズムの反動として国家を閉じられたものにする動きは強まる。テロリズムは専制権力との闘争の段階ではある種の「義」を持ち、大衆的な共感を得ていた要素があった。それは国家権力の専制的な支配の中で、それ以外に解放闘争の表現がなかったことによる。初期のテロリズムが持っていた、この「義」や大衆的共感は現在では失われている。国家権力との闘争が暴力的な形態を不可避とすることがなくなる度合いに応じてテロリズムは意味を失っている。それは国家を開いていくという運動の妨害物なのだ。国家がテロリズムへの反動として、閉じられたものになっていくことを助長するのである。

9月11日事件をテロリズムとして見たとき、僕はこのテロリズムがナロードニキを起源とする系譜の中にあるものとは異なると思った。これは1970年代から1980年代にかけてしばしば展開されたハイジャック事件の流れの中にあるもののように思える。これらは先進諸国での階級闘争や反権力闘争の手段として発生したものではない。

 パレスチナ解放闘争の手段として展開されたハイジャック事件は、民族解放闘争の手段として発生した。日本でも赤軍派の「よど号」事件として現れた。「よど号」事件といわれる赤軍派のハイジャック事件は、赤軍派の面々の国外逃亡という意味では理解できたが、その目的や理念は曖昧なものだった。それは、日本での反権力闘争の運動とは関係のない場所で発生したものだ。

 パレスチナ人によるハイジャック事件はイスラエルとの闘争の手段として生まれた。これは民族解放運動の自衛的な要素として理解されてきた。この過程から、宗教解放運動が生まれ、それがテロリズムを内包していた。イスラム原理主義というのは多様であるが、それが国家との闘争の中で、テロリズムを抱えてきたことはよく知られている。

 ソ連に対抗する形で生成されたアフガニスタンのイスラム教徒の聖戦は、対ソ連という側面と宗教的な解放という側面を持った。反帝国主義的な民族解放闘争では理念的な中心にマルクス主義はあった。ここではマルクス主義は敵対物になった。マルクス主義に宗教(イスラム教)が取って代わった。アフガニスタンの聖戦(イスラム教徒の抵抗運動)は対ソという対抗力が存在するとき団結できた。しかし、それがなくなるや国家的統合力を持たないという欠陥をあらわした。それはいくつかのグループの内戦として現象した。

 抵抗運動の主柱であったイスラム教はその統治能力が試されたのである。政治的規範としての力が試されたのである。この系譜の中にあるテロリズムは抵抗運動に付随するものであったが、その矛盾も明瞭である。それはテロリズムが大きな力と対抗している間はともかく、国家的な統治を担う規範力が必要となるときにはそれは反動として機能する。アフガニスタンの聖戦をになった部分がソ連という対抗力を失った後、どうなったかを分析すればことは明瞭である。

 僕はイスラム教徒の抵抗運動(原理主義的な運動と一般化して呼ばれる)に付随していたテロリズムは統治を支える規範として力を求められたとき、どう現象してきたかに注目する。これはイスラム諸国が専制的な権力形態にあり、それへの批判的運動はテロリズムを内包している。イスラム諸国の権力形態とテロリズムの相関関係に注目している。イスラム原理主義の内包するテロリズムからの脱却は専制的な国家形態からの脱却を不可避としていると思えるからだ。この課題を克服できなければ、イスラム原理主義はテロリズムを内包することで世界的に孤立し、一層テロリズムへ走るという循環に追い込まれるように思える。

 【5】何を訴えたかったか

 

 9月11日の事件がテロリズムとして展開されたとするなら、何を目的にどういう理念に支えられたのであろうか。世界貿易センタービルやペンタゴンを標的にしたことは、アメリカ政府のあり方を標的にしたことは疑いない。アメリカ政府が世界的な権力として、しかも専制的な権力として実行犯たちの目には映っていたことは想像できる。実行犯の多くがアラブ系の人たちであることを考えれば、アメリカがイスラム教徒の宗教解放運動、イスラム諸国の国家権力との闘争を抑圧する元凶として映っていたことは考えられる。

 また彼らはパレスチナの解放運動を抑圧するイスラエルの強固な姿勢と態度を支えているのはアメリカであり、アメリカの方向転換なしにはパレスチナ問題の解決はないと思っていたように想像できる。彼らがそういう意思表示をはっきりしていたなら、この事件の意味の理解ももう少し変わっていたかもしれない。人々に与えたイメージは違っていたとも言える。

 そうであるとしても、このテロリズムが闘争目的とは無関係な人々を巻き込んだことは非難さるべきである。彼らの目的を実現するために、市民などを巻き込む必然性は見いだせない。なぜなら、アメリカの現在の在り方、その権力的な性格を変えさせるのは、アメリカの国民の意志である。アメリカ国家のあり方を変えるはアメリカの国民意志である。 その国民を現在の権力のあり方を擁護させる方向に、このテロは機能した。テロリズムはこのように作用している。アメリカの国家のあり方を変えるというよりは保守する方向にこの事件は作用している。

 実行犯が行動を通して訴えようとしてアメリカ批判はアメリカ国家の「力を正義」とする権力主義的あり方であった。僕はそう理解する。彼らが自爆を覚悟し、引き起こされた結果からくる非難を超えて、なお訴えたかったのはそういうものだったと思う。この事件による膨大な死者たちを追悼すること、彼らのアメリカ国家批判を理解しようとすることは矛盾しない。

 突然、生命を断たれた多くの人たちを追悼し、家族の悲しみに心寄せることと、実行犯が自爆を覚悟して訴えたかったものを理解しようとすること決して矛盾しない。これはテロリズムを悪として裁断することを否定することではない。それを含みつつ、彼らの訴えたかったものを考えようということである。テロリズムの止揚によって、その犠牲者を悼むことは報復だけではない。僕は報復を否定しない。やり方の問題はあるとしてもだ。だが、歴史的にこれを超えていこうとすることは報復だけでは不可能だ。

 

 9月11日の事件の実行犯たちが、行動について何のメッセージも発していないこと、彼らがどういう目的や理念に支えられてこの行動をしたのかは謎であると述べた。彼らを支えていたのは《宗教》であろうと推察されている。その《宗教》がイスラム教であるとしたら、イスラム教は自殺行為を禁じていると言われているがそれはどんな関係だったのだろうか。自爆行為は自殺とは別とみなされていたのであろうか。僕はテロリズムをナロードニキを起源とする左翼的な解放運動の系譜の中で考えていた。この系譜とは別の思想に基づくテロリズムが民族解放運動の中で出現した。それは宗教が民族解放運動の軸にすわることで発生したものである。

 【6】馬鹿が戦闘機でやってくる

 

 アメリカが、9月11日の事件を「新しい戦争」と認識し、戦争を持ってそれに対応することを愚かで危険な選択であると述べておいた。アメリカは報復戦争を選択し、テロリストが想定したシナリオに誘導されているのかも知れない。テロリズムに対処する道は別に想定しえるし、その選択肢はあった。たとえ、軍事行動があるとしても、問題の立て方やその発動には別の方法があったはずだ。

 アメリカの軍事行動はテロリズムへの反動として各国の政府には支持されている。しかし、アメリカのアフガン空爆はテロリズムへの反動を徐々に薄め、アメリカへの反感を強めてもいる。アメリカ政府とそれを支持するアメリカ人は裸の王様である。

 アメリカ政府やアメリカ国民が、テロリズムへの対応ということを明瞭にした上で、その総合的な対応の一環として軍事行動がなされたのなら事態は違っていたはずである。

 テロリストたちが自爆を覚悟し、多くの住民に犠牲を強いることを知りつつ、訴えかけようとしていたものにアメリカ政府は耳を傾けようとしない。アメリカの軍事行動の素早さやアメリカ国民の団結ぶりにアメリカの強さを世界の人々は見るのであろうか。アメリカの危うさと弱さをそこに見いだすのは僕だけであろうか。

 アメリカの力を正義とする信仰を危ういものと見ている人々は少なくないし、そこに弱さを見ている人も多いのだ。アメリカの本来的な強さは軍事的なものではなく、リベラルでデモクラチックな思想であったはずだ。それはアメリカ国家が世界の中で、最も開かれていたということであり、それこそがファシズムやマルクス主義に勝利した根拠であった。

 アメリカ政府と国民はテロリズムへの反動として、むしろ国家を閉じられた性格を強めようとしている。戦争は国家を開かれたものから、閉じられたものへ転化させていく傾向を持つが、アメリカ国家の「開かれた性格」の背後には影の部分がありそれが迫り出してきたのである。アメリカはファシズムや専制国家よりも開かれた国家として存在していた。そこに歴史的な強さがあったのに今やその弱さが露出している。それはここでいう影の部分が露出していることだ。リベラルデモクラシーはアメリカの国家理念だが、それは理想主義的で普遍的であるが、人種差別や独善という影の部分があり、それが表面に出てきている。アメリカの理念であるリベラルデモクラシーは普遍的であるというが、その普遍は限界を持っている。それはリベラルデモクラシーといったところで、規範として自立している強さを持っていないことだ。それは日本の民主主義やリベラリズムが規範として自立をしておらず、天皇制という宗教的な力に包まれていたことを想起すればよい。

 天皇という宗教的な幻想に国家が包まれていたことは、民主主義やリベラリズムがそれ自身として力を持たなかったことである。日本国家の専制的性格は天皇制と不可分に関係していた。

 アメリカでは《力=正義》という宗教性がリベラルデモクラシーを包んでいる。アメリカのナショナリズムの根幹にはこの宗教がある。アメリカ国家の軍事国家的性格とそれに基づく専制的性格はこの宗教性にある。そして、これは天皇制が日本の近代国家の弱さの表現であったように、アメリカの国家としての弱さの表現なのだ。アメリカが軍事国家であることを宿命づけられているのはアメリカの弱さそのものだ。

 アメリカのリベラルデモクラシーは《力の信仰》という宗教性で包まれている。だから、力(軍事力)を必要とする対抗的な存在によってリベラルデモクラシーの幻想も機能するのであって、規範としての自立性がそれを保証しているのではない。

 

 9月11日の事件に対して、アメリカ政府が軍事も含めた報復を考えたことは否定しない。テロリズムに対して国家をあげて対応するのもよい。それは9月11日の事件について、あらゆる角度から検討し、総合的な対応を論議することである。その一つとして軍事行動も想定されていたのなら、それは説得力のあるものとなったと思う。

 アメリカ政府の対応はこれをこの事件をナショナリズムの発現のために政治的に活用することであった。軍事国家として自己発現に使うことだった。その戦略は粗雑であり、テロリズムへの対抗処置としても反動的なものである。アメリカ政府やそれを支持するアメリカ国民の動向は「アメリカ国家」を閉じていくことであり、反動である。物言えば「くちびる寒し」という状況が生まれていると伝え聞くが、それはその査証である。

 

 アメリカ国家の弱点を象徴するのはイスラエルとの関係である。アメリカがテロリズムを軍事的な力で解決するだけでなく、総合的な解決の道を考えるなら、イスラエルとパレスチナの関係の解決に全力をあげるはずだ。それが、長期的視野でのテロリズムへの対処であることは誰でも理解できることだが、アメリカはそれに本気で取り組んではいない。イスラエルの強硬路線を本気で抑えこもうとはしていない。そうしなければイスラム諸国の大衆的な反米感情を解消させることは不可能である。アメリカのリベラルデモクラシーが現在の世界的な問題を解決するという力を持たないのは、それが言葉の本来の意味でのリベラルデモクラシーではないからだ。

「馬鹿が戦車でやってくる」という喜劇映画があった。なかなかいい映画だった。アメリカはアフガンに戦車ならぬ戦闘機で押しかけている。アフガンの民衆にとっては馬鹿が戦闘機でやってくると思っているのかしれない。でもこれは喜劇でなく、悲劇である。これに追随してやってくる自衛隊をパキスタンやアフガンの民衆はどうみているのだろうか。

 

 


「歴史の中のテロリズム」 http://www.zorro-me.com/2001-10/ajok011009.htm

三上氏との対談   三上 治 氏との対談 (雑誌 論座 叛乱者グラフィティ 2000年7月)