「飯田・与謝タリバンにより逮捕」誤報事件の真相

 


 

宮崎学である。

 与謝からのメールが届いたよって紹介しよう。ま、今朝の新聞には飯田氏がインタビューに「なんでも安易に信じるな」と答えている記事もあるが、「誰が悪かったか」については与謝のほうが詳しい。

 このアホがおらなんだら、与謝ももっと長期に現地報道に従事して、このWebサイトを見にきてくれるみなさんを楽しませ、大マスコミ垂れ流し報道をおちょくれたはずだった。

 しかし、このいい加減な「日本人テレビ屋」のおかげで、与謝の安全のために国外逃亡を余儀なくされてしもた。名前はここでは伏せておくがこの悪いやつは与謝にあやまらんかぎり、そのうちアジアの裏町で「仏罰」かなんかが下るかもしれんでえ。

 しかし、こんな連中の現地報道やったら、今後が思いやられる。

 かというて、今後、あのへんに取材力のある電脳キツネをもぐりこませるまでには時間かかるやろな。次期特派員志望の組員がいたらゆうてきなさい。現地にもういっとるやつが志願しても許すでえ。

 さて、与謝はどうするか、いったん日本に戻るなら帰国歓迎会でもやったらんとあかんの。

 

 

現実は無差別爆撃

与謝狸庵です。

 関係者の皆さん 日本での「誤報」につきましては、24日夜6時頃チトラール の「AL・FAROOQ・HOTEL」で入手しました。その原因を調べた ところ、ぺシャワールにいる「テレビA」(あの二桁チャンネル)のバンコク現地エ ージェントの「某氏」が、私ならびに飯田さんがチトラールに 行く、ということを知っていて、ぺシャワールからいいかげんな話(アフガニスタン入り、とか)を吹聴していたということでした。

 その結果、日本では大騒ぎとなり、また、チトラールとぺシャ ワールの一部のホテルにも騒ぎが広がる結果となりました。

 私 自身、日本の関係者に誤解を招きかねない表現をしたこともあ って、その件については反省しています。 現地で何をしていたのか?といいますと、「難民キャンプの取材」につきます。

 当地は各国ジャーナリストに知られていない こともあり、警備はぺシャワールより手薄でした。当然、私服 警官もISIもいることはいましたが、決してぺシャワール周 辺では入手できない情報を収集することができました。

チトラルの少女たち

 結論から言うと、チトラール周辺の難民キャンプはタジク人が ほとんどで、約50人規模のあるキャンプを取材したところ、 彼らはアフガニスタン北部のマザリシャリフから脱出してきて いました。彼らによると、米軍の攻撃機が、投下した一発が数十個の子爆弾に分裂する「爆弾」を使って、軍事施設だけでは なく街中を絨毯爆撃しており、多数の一般住民が死んだと話し ていました。

 あるお婆さんは、爆撃による怪我で左足を怪我し ており、現状では満足な医療もできないせいで片足がどす黒く 変色していました。

BBCやCNNでは、米軍はタリバンの軍事施設のみをターゲ ットにしており、民間施設への爆撃は「誤爆」によるものだと 報道していましたが、現実は「無差別爆撃」を行っています。 また彼らの話では、西部都市のヘラートで礼拝中のモスクを狙 った爆撃があって、うち3割の人間が死んだそうです。

 パキスタン政府は難民に対して何の援助もしないだけではなく 、アメリカとつるんで、取材妨害、情報統制を行っています。 難民に対する援助は、個人的なものに限られているというのが 現実です。

  さて、今後の私の予定ですが、 現状パキス タン発の空路はPIAに限られ、東(南)アジア各都市行きの 便は一週間後まで満席状態です。デリーまで行けば少なくとも バンコク行きのフライトは毎日5便〜7便はありますので、ト ランジットを考えてもデリー(バンコク)では格安航空券が買えます。 最後に、関係者各位には迷惑をおかけしたことをお詫びします 。 Sat, 27 Oct 2001 17:48:32 +0900 (JST)

 

 

 観光キャンペーンは嘘 

Okinawaは危ない。

 アワモリ5号です。

 与謝さん無事でよかったですね。

 アフガンに連動して沖縄も今、大変です。何がって、ともかくアメリカが戦争をやっていて、日本にある 米軍専用基地の75%が沖縄にあるのですから、臨戦態勢です。当たり前ですが、普 段は訓練基地の役割が、戦争状況になったとたん、作戦基地、補給基地、そして出撃 基地になるのです。

事実、読谷村にあるトリイ基地はグリーンベレーと呼ばれる特殊 部隊は、どこかに行ってしまってるようで兵隊の姿はあまりみえないし、正門も閉め られたままです。あるいは、ホワイトビーチと呼ばれる軍港には、佐世保から強襲揚 陸艦がLCACという大型ホーバークラフトとともにやってきました。その軍港がみえ る、沖縄の住宅地にある公園には米兵が拳銃を携帯したまま監視にやってきます。

抗 議すると、日本政府は地位協定によって警察業務を行う米軍兵士(憲兵)の武器携行 を認めていて抗議は受け付けないとの返事。撃ち殺されても文句はいえないんだろうな。

ちなみに、米軍関係者と沖縄の人間が交通事故を起こすと、沖縄の警察より早く米軍憲兵が、当然拳銃携帯でやってきます。これも、一般道路の警察権力の一部を地 位協定によって米軍に認めているからです。英語のわからない沖縄の警察や事故の当 事者は下手をすると米軍関係者のいいなりです。

ともあれ、そんなこんなで、沖縄は今、観光客が激減です。特に秋の修学旅行は壊滅 状態です。10月のある日、所属しているガイド団体によるバス乗車1日ガ イドが予定されていました。東京の「s高校」です。もう 何年も沖縄学習を積み重ねている学校で、生徒にとってはかなりハードな、それだけ充実した内容を準備した修学旅行です。

それが、直前になり「沖縄は危ないらしい」 とのことで中止になったとの知らせがはいりました。「s高校」に対してはもう 二度と来ないでほしいと個人的には思います。

ともあれ10月、11月、その修学旅行は例年の3割程度までに激減しているのです。「平和ガイド」はまだしも、旅客 機、ホテル、バス会社、リゾート施設、土産物屋は大打撃です。450万人といわれ る沖縄への観光客の、もう1割以上がキャンセルになり今後も増えると予想されてい ます。

で、 観光業界は、上げて「沖縄は大丈夫」キャンペーンを始めました。 けれども、これは「うそ」です。沖縄は危ないのです。米軍の出撃基地の沖縄は、戦争の概念でいえば「相手側」による攻撃対象でしょう。

だからこそ、厳重な警備がし かれ、日本本土の警察官が400名以上派遣されてきています。いや、こんな事態が あってもなくても、米兵の事件や事故は数限りありません。女性はレイプされないと いう保障はありません。ジェット機やヘリコプターが墜落しない保障はありません。

そう、沖縄は危ないのです、いつも。

 危ない沖縄ですが、132万人の人間が生活しています。

本当は、この、今の、沖縄 を体験してほしいのです。修学旅行も、今、来てくれれば、いろいろと体験できるの です。

 ではでは。どうぞ泡盛を飲みにおいでくださいませ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20011027-00000020-ryu-oki

宮崎様忙しさにかまけてご無沙汰している間に私の住んでいるアメリカはあれよあれよという間に馬鹿丸出しの行動に出ています。とにかくこの場で私が報告したいのは、全アメリカ的に言いたいことの言えないムードが蔓延しているということです。

本日左系のラジオを聞いていたら(FM)94.1、インド人女性の活動家(有名らしい)彼女の今回の件に関する冷静な総括のエッセイを彼女自身が読み上げていたけれど、アメリカ国内の新聞、雑誌はどこも買ってくれなかった。

その理由はWTCの件を理由づけしているからである。という事でした。ちなみに日本も含めヨーロッパもアジアも買ってくれたそうです。私はアフガン民間人に爆撃反対決議を出したバークレイの隣町オークランド(戦争開始反対にたった一人で noの投票をしたバーバラりーという下院議員を選出している町)に住んでいるのですがやはりひらひら旗を結構見るし、歳を取ってきたベトナム戦争反対派たちもWTCの件では自国がやられた衝撃の強さにうろたえて報復爆撃に絶対反対はできなくなってきています。

とにかく今回はアメリカの報道だけではまったく真実は見えてきません。放送局の自主報道規制が行われている上に炭ソ菌におびえているのかも知れ ワせん。アメリカはまったく冷静な判断をしていません。

国民は煽られています。アメリカに住んでいる皆さんできるだけ友人のアメリカ人たちにFRENDLY ADVISE をしてあげてください。

何百万ドルもするトマホークをなぜ土でできた荒れ果てた小屋に向けて発射してるのか再考して見てくださいと。おっと、すこし興奮してしまいました。またお便りします。                              MANAMIde Oakland

 宮崎様 小生近代建築史を学ぶ横浜の●●●と申します。 実はパン屋の「喜正堂」の設計者について調べており ますが、yahooで検索したところ、ホームラン商会とい うホームページがヒットしました。 このホームページが宮崎様がお作りなのかはっきりし ませんが、よくよく拝見しても「喜正堂」の記述が見あ たりません。(見方が悪いのかもしれませんが) もし宮崎様が「喜正堂」についてご存じでしたらお返事 いただけないでしょうか。 知りたいこと  場所(おおよその住所と最寄りの駅)

 さいごのメールは完全な誤解である。インターネット検索だけにたよるとこういうメールになるんやろなあ・・・わしは壊し屋ではあったが、建築家ちゃうで。なんでこのような誤解がうまれたものか・・・もひとり、宮崎学ちゅう有名な動物写真家がいてはるでえ。あっちもしやけど、建築家ではないとおもうけどな。ま、あたってみなさい。ではまたな。与謝は帰国予定がたったらいうてくるように。檸檬屋で歓迎会を開く。

 あ、あと通産省係外郭団体につとめとるちゅう読者からメールがきとる。その外郭団体は高い金かけて世界に駐在とか分析やっとるらしいが「アフガン戦争に関する周辺諸国の分析」したら、結果として日本政府批判になりかねない結論がでてもた。そのために、報告は上司に発表をさしとめられてしまった」という。そんで、こそくにも印刷したんは発表せず、わざわざ読みにくいようにしてWeb発表しているそうだ。漫画やな。そのうち消しよるやろからいまのうちである。ここにある。税金払ってるやつは読んでええ(^^)。

 

    (2001年10月28日)

 

 タイムスリップ・ニューヨーク報告

                 たけちよ氏のニューヨーク報告より

 毎日のようにどこそこで炭疽菌感染問題が起こっている昨今のアメリカ。日本でも「白い粉」がどっかのコンビニで発見されて調べたら「覚醒剤」だった! とひょうたんから駒みたいなニュースもありました。

 あいかわらずNYに来る日本人はむちゃくちゃ少数みたいですが、他の外国人はそうでもないんですよ。

 一昨日、梁石日氏の講演会の後、心地よい夜風に吹かれながら少し足を延ばして夜のタイムスSQを歩きましたが、ほとんど日本人がおらずなんか私がNYに来た当時(84年)のような光景でした。あの頃はまだ日本人の海外渡航もそれほどポピュラーでもなく、NYは「恐い都市」というイメージが先行してた時代でした。そんな時代にタイムスリップしたかのようで懐かしく、まだ来たばかりで好奇心いっぱいの眼を皿のようにしながら歩き回っていた「私」を思い出した次第です。

   あの頃のNY・・・ワイルドながらも野生の素朴さがあったようなそんな街でしたねえ。NYに来る予定をキャンセルした人が多いようですが、今なら安いし、今後50年間は語りつげる「今のNY」がここにあると思いますよ。

 炭疽菌? それはあなたの「運勢」の勢い次第ですな。もともとNYという街に来る連中はそんなん気にせんようなドアホが来るような街ですさかい。

 

梁石日氏(YAN SOGIL)の最新作の英語朗読会及び質議応答による話を聞いて。

 10月23日(火)、午後六時半より国連近くにあるJAPAN SOCIETY(日本協会)にて作家梁石日氏の新作短編集の中の「さきしま」の英語朗読会が催された。それに先立ち、まずは「さきしま」と対になる「夢の回廊」の二つのペア作品の粗筋が氏より語られ、その後通訳者による英語朗読(棒読み的でよく分らなかった)があり、アメリカ人インタビュアー氏による在日韓国人のアイデンティティーと氏が作家になるまでの質疑応答による氏の話があり、その中で映画『月はどっちに出ている』の原作となった「タクシー狂想曲」の背景、「血と骨」が氏の父親をモデルにはしているものの、本質はギリシア悲劇のような作風になってしまったが、それを氏は意図せずに書いてしまったと氏の先輩在日朝鮮人作家に喝破されたというエピソードなど計一時間半に渡るものとなった。

   氏は大阪の鶴橋で生まれ育ったが、なぜ大阪の東成や生野に朝鮮人が多いのかなど歴史的な背景を語り、大阪生まれの私もなるほどと大いに勉強になった次第。 *1910年45年八月まで朝鮮が日本の領土になったが、その後大阪−済州島の定期航路が開かれ、済州島からの朝鮮人が日本人賃金の1/3であったにもかかわらず彼等が島に戻ると済州島の貧しい村びとには垂涎の的だったらしく、大勢の村びとが大阪に渡ったらしい。

 突破塾と違い、NYのアメリカ人たちに日本文化を紹介する為の「場」に於いての、日本のベストセラー作家というふれこみだったので、氏の借金自慢のエピソードはなかったが(笑)、今のNYタクシードライバーがちょうど東京オリンピック時の東京のタクシードライバーと同じで、客を荷物だと思いながら運転しているとの感想を披露し、NYカーたちの苦笑いを買っていた。会場は総勢五〇人ほどが集まったが、氏が在日韓国人であるせいか大阪から移住した在日、韓国からの韓国人もいたが、2/3は日本人で、梁石日氏はまだアメリカでは名前が通っていないせいかアメリカンは少数派だった。

 氏の小説の持論は、小説は虚構の中の真実を作れる事と、人の記憶は地層みたいなもので、掘っていく内にその時々の「自分」を掘り返していけ、それも自分の小説作りの構想に役立っているとのこと。ただし最初からアウトラインなどを考えずにどんどん書込んでしまうため最後までどのような小説になるかは解らないらしい。  まさにアウトロー作家であるが、素顔はとても柔和でありまた若い!(最前列に座ったので逐一氏の表情を観察してました)。

氏の著書は未読だってのでこの会に出向く前に昨年の突破塾の参加者感想を読んでから出かけたが、会場の雰囲気自体大きな違いがあり、突破的エピソードは無理な話だったが、最後のサイン会ではその場で買った『不眠(『血と骨』は売り切れ)』に「突破党のたけちよと申します」。そのようにサインをお願いしますというと、「ああ、宮崎さんのとこの方」と笑顔でサインを頂きました。梁石日氏は次回作の為にNYに二ヶ月ほど滞在されたそうですが、25日に帰国とのこと。

九月一一日のテロ当日もおられたでしょうし、すごいヒントを得たかもしれません。


 

たけちよさんへのファンレターはこちら

 

↓これまでのたけちよニューよく大写真展↓

     

★好評 たけちよさんの「ニューヨーク報告」は電脳突破党OB会の部屋

 

 

 

←在庫僅少

 

◆「反戦・ 平和アクション」のサイト http://peaceact.jca.apc.org/

◆「Anti War」サイトhttp://antiwar.jca.apc.org/

◆グローバル・ピース・キャンペーン http://www.peace2001.org/gpc/gpc_main.html

http://www.peace2001.org/gpc/gpc_1008_seimei.html