ナガイは無用 はよ逃げ出せ


与謝の無事が確認された。アホらしい空騒ぎやった

 


 

宮崎学である。

 昨日、国境付近の町にいた与謝狸庵から電話があった。行方不明を伝えられた飯田というフリーライターといっしょに、ちゃんとパキスタン領内におったがな。

 ふたりともはじめからパキスタン領内から全然でておらなかった。

 つまり、この間の、「アフガン潜入のジャーナリスト飯田氏逮捕」「他に一人の邦人」報道は全くのでたらめ、誤報であった。

 一犬、嘘に吠ゆれば、万犬これに倣う・・・日本国内で記者クラブ発表モノの垂れ流し報道しかしたことのない大マスコミが一歩、外へでたらたちまちに実力のほどがしれてしもた例だ。

 わけのわからん外国人を捜すのではない。一日前までいっしょにいた、日本人の報道でもこのていたらくだ、ということである。まさかここまでひどい、とはわしもおもわなんだから、「飯田氏」ぐらいは信用してしもたがな。

 こんな程度の日本の大マスコミのカスジャーナリストが何百人現地行っても屁の役にもたたん。芸能レポーターと一緒やな。

 もっとも彼らはだからこそ「取材は腕の良いフリーにゼニはろてやらせ。あいつらやったら死んでも、ワシらの責任ではない」とうそぶいている始末だ。これらは大新聞社や、大放送局の名刺もってるだけで、「ジャーナリスト」などではない。かれらこそハイエナやな。

 さて、こうした状況のなかで、なによりも喜ばしいのは与謝が無事であったことやの。本来なら、連絡がとれない状態になってこちらに心配かけるのはプロにはあるまじきこと、なんやけどあれはプロとちゃうし。チャンスとおもてつっこんでいったけど、国境の警備がちゃんとしておったから助かった、てなところだろう(^^)。パキスタンの国境警備隊に感謝せなならん。こうなったらパキスタンのヒミツ警察にばっちりマークされとるやろから、ナガイは無用だ、というておいた。疲れるの。なに、「取材」せないかんところはあのへんの周辺にいくらでもあるから、当分楽しめるわい。

 ところで、昨日、いざとなったら現地いくつもりで、わしは、裏世界のシンジケートや、「海賊」取材ルートをつかって、アフガンの裏世界と連絡をとりかけていたのだが、初日でおもろいことがわかった。

 今のアフガン状況を招いた、遠因はベトナム戦争やちゅうんやな。

 サイゴン陥落が75年。ソ連のアフガン侵入が79年やった。その75年のサイゴン陥落のあと、中国マフィアがとある島に隠してあった膨大な武器、旧南ベトナム政府軍の武器が、そっくりアフガンの反ソ連陣営に流れた、というのだ。今、アフガンは「タリバン」と「北部同盟」しかないように言われているが、実際にはあの山ひだの間の谷にはどちらにも属さない少数部族がわんさといて、これらもソ連と戦っていたわけで、今でもタリバンと仲が悪いが、かといって北部同盟にも属していないというのだ。で、その人々の武器はこのベトナム戦争時代の武器のままだ、という。

 この人々がなぜタリバンに対し好意を抱いていないかちうと、一種の「イスラム的普遍」を目指そうとするタリバンの行動は、個々の部族の伝統・文化と抵触するらしい。部族共同体の崩壊を招く要素だということだ。

 だから、対ソ連で一致していた部族の戦いが、ソ連崩壊後、タリバン対部族連合のような形になっていった。すなわちタリバンはあれでも「進歩」側の勢力だという側面もあるようなんやな。なんか大和朝廷と蝦夷、ツチグモの話みたいやの。しかもタリバンが「麻薬栽培禁止」して仲悪くなったちゅうんやから、こんどは北部同盟とかアメリカが彼らを味方につけようとしたら「麻薬栽培解禁」を条件にだしよるやろ。それを誰がどう仕切るか、というのも「ポスト・タリバン」体制の隠れたポイントになるやろな。

 まあ、というわけで、アウトロールートでわしが、一日でたどりついたのはタリバン側ではなくて、どっちかというと反対側が多かったから、与謝が捕まっていたらこれは救援に苦労するなあとおもておったのが、そうでなくてよかった。しかし、タリバンにあうてはずを始めてくれとたのんでしもたから、キャンセルさせんといかんがな。

 

 与謝になにがあったか、はいずれ、与謝自身がレポートを書くさかい楽しみにしとけや。

     ほならな。ああしんど。

   

                     宮崎 学

           2001年10月25日

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