『少女買春判事』メチャ甘判決でわかった『役人は5割引ぎ』『極道は5割増し』


アサヒ芸能9月12日号 連載 キツネ目闇事件調書より

今週のテーマ

東京高裁判書・少女貫春事件今年154月、川崎市のホテルや千葉県市川市のカラオケボックスなどで、中高生の少女3人に対し、現金2万ろ3万円を渡し、わいせつな行為をしたとして児童買春の罪に問われた東京高裁判事・村木保裕被告(43)に、執行猶予付きの有罪判決が言い渡された。


 

 

 

  去る8月27日。少女買春容疑で児童買春・児童ポルノ処罰法違反に問われた東京高裁判事の村木保裕(43)に対する判決が出た。山室恵裁判長は「法の番人としての立場を顧みないあさましい行為であ旦言語道断」と前置きしながらも、結果 は、懲役2年、執行猶予5年という、なんとも腰砕け状態で終わってしまった。  刑が重ければいいとは俺も決して思わないが、今回の判決について言えば、量 刑の根拠があまりにも薄弱だ。

 例えば、執行猶予とした理由のーつとして「弾劾裁判で罷免が確実視されている」ことを挙げているが、判決の段階ではまだ結果 は出ていない。罷免される可能性は高いとはいえ、決まってもいないことを持ち出して、刑を軽減するのは明らかに誤りだ。

また、「同種事案の量刑との比較」をしたと言うが、果たして正確な統計に基づく判断なのかは疑わしい。少なくともヤクザが同じ事件を起こせば実刑は免れないはずだ。

 何より問題は判決主文の「現職の裁判官であるということだけで実刑にするのは酷に過ぎる」というくだりだ。要するに裁判官を特別 扱いにできないと言っているわけだが、それは違う。裁判官とは人を罰することができる権限を与えられた人間だ。時として死刑さえも宣告することができるのである。これが一般 人と同じでいいはずがない。むしろ、彼らが罪を犯した場合は、その行為に対する最高刑を科すのが本筋。それが法曹人としての衿持というものではないだろうか。

   口ではいろいろと言っているが、自分たち裁判官は特別な存在であり、その社会的地位 を失っだということは充分な制裁にあたる。だから、罪が軽くなるのも当然だ、と考えているのだろう。

 そんなバカな理屈が許されるなら、仮にヤクザが悪いことをしたとき、組織内での制裁としてすでに指を詰めているとしたら、法的にも罪を軽くしなくてはならなくなる。冗談ではなく、今回の判決は、これとまったく同じ理屈なのだ。要するに、奴らは身内に対して極めて甘いのである。

しかし、これは警察もまったく同じだ。つい先日も、神奈川県警小田原署幹部が、同署警官による少女買春事件を組織ぐるみで隠蔽していた事実が発覚したが、この事件、94年時点ですでに発覚していたのだが、立件を見送り、時効が成立した段階で公表しているのだ。しかも、その間に定年を迎えた容疑者3人は、きっちり退職金をもらっているというのだから、開いた口がふさがらない。

 呆れると言えば、神奈川県警による一連の不祥事の発端となった、県警本部長による同署警部補の覚醒剤使用の握りつぶし事件の結末をご存知だろうか。件の本部長は、在宅のまま起訴された末、執行猶予付きの判決。仮にヤクザ者が証拠隠滅をすれば5年の実刑はくらう事件だ。しかも、その後は警察開運の特殊法人に天下りしているというのだから、まさに盗人に追い銭である。 自分たちはこのように実に甘い扱いを受けていながら、敵対する者たちには徹底的に厳しくする。とりわけヤクザが関わる事件に対する扱いは、異常というほど厳しくなっているのだ。俺の関わった九州・小倉の組長、上高謙一氏(51)の事例はその典型だった。

 350万円余りの現金等が入ったバッグを2人組の自衛聯隊員に盗まれた上高氏が、仲間とともに犯人の1人を捕まえ、金を返すように要求したところ、これが「恐喝」に、さらには「お金は返します」と犯人が言うので自宅まで車に乗せていったら、これが「監禁」に当たるとして逮捕。懲役2年6月の実刑が下り、7月に収監。現在も服役中というものだ。  上高氏は確かに極道ではあるが、一方でパン屋の社長という生業も持つ立派な実業家である。しかも事件はこのパン屋としての業務中に起きている。にも関わらず、判決文には「本件は暴力団組長の被告、上高::」と、念を押すように書いた上で、実刑を言い渡しているのが、なんとも不自然だ。(詳細は「小倉の極道謀略裁判/太田出版刊」にて)  

こうした一連の流れを見る限り、現在の裁判所が裁いているのは、犯した行為ではなく、人、もっと言えば肩書きになってしまっていると言わざるをえない。だからこそ、警察や司法関係者が罪を犯した場合は5割引き、暴力団なら5割増し、という到底理解できない判決が、まかり通 ってしまうのだ。

そんなことが許されていいほずがない。裁判とは、国民が最後に頼るシステムだ。ここが正しく機能しているからこそ、市民生活が維持できると言っていい。

にも関わらず、現実は法曹・警察関係者にだけ都合のいいシステムに成り下がっている。これでは、国民は何を信じていいのかわからない。日本を覆う閉塞感や、無力感の根本的な原因が、実はここにあると、俺は考えている。警察並び司法関係者は、国民の信頼を裏切り、活力を奪っているという事実を一刻も早く認識するべきだ。さもなければ、小泉首相がどんなに構造改革を断行しても、本質的な再生など望むことはできないだろう。